白畑よし

没年月日:2006/06/02
分野:, (学)

 大和絵研究者であり、女性美術史家の草分け的存在であった白畑よしは、6月2日午後6時35分、心筋梗塞のため埼玉県川口市で死去した。享年99。1906(明治39)年10月29日、山形県酒田市に生まれ、9歳で指物師であった父が上京するのに同行して上京。1926(大正15)年4月文部省専門学校入学者検定試験に合格。黒田清輝の遺言によって設立されることになり、東京美術学校の矢代幸雄研究室で準備作業が行われていた美術研究所に、1928(昭和3)年8月に入所。図版資料の作成、中川忠順文庫の整理にあたる。1930年6月帝国美術院附属美術研究所雇に就任。当時の研究所員であった田中喜作に図版解説執筆を勧められ、その指導によって、「仲津姫像(図版解説)」(『美術研究』39号、1935年)、「板絵神像 奈良薬師寺蔵(図版解説)」(『美術研究』45号、1935年)を発表。35年、論文執筆を勧められて「勧修寺繡帳の技法について」(『美術研究』48号)を発表する。以後、「人麿像の像容について」(『美術研究』66号、1937年)、「佐竹侯爵家蔵三十六歌仙絵雑考」(『美術研究』77号、1938年)、「女絵考」(『美術研究』132号、1943年)、「截金文様の研究 平安朝仏画を中心として」(『美術研究』139号、1946年)など中世絵画を中心とする論考を発表する。戦中は美術研究所の資料の疎開に伴って酒田に滞在。戦後は同研究所資料部、資料部主任を経て、49年6月文部技官に任官し、「歌仙絵の変遷」(『国華』688号、1949年)を執筆するなど、文化財の調査研究と指導につとめた。52年8月に京都国立博物館学芸課に転任。62年8月資料室長となり、研究図書、関係資料の充実に努力する。この間、「源氏物語白描絵雑考」(『大和文華』12号、1953年)、「寝覚物語絵巻雑考」(『大和文華』14号、1954年)等、大和絵の絵巻を中心に調査研究を行い、また、同館の東洋美術品の収集に尽力した。68年3月に京都国立博物館を停年退職。その後も京都市伏見桃山町に住んで、大和絵に関する論考を発表。最晩年は川口市に住む甥のもとに転居し、同地で死去した。白畑の作品研究は、作品を観察し、画中の人物の着衣や文様などの細部に注目するとともに、文学との関わりから描かれた主題や作家の考察におよび、広範な知識と鋭い洞察によって、多くの新知見がもたらされた。女性研究者の少ない時代にあって、第一線で認められる論考を発表し、後進に指針を示し続けた。著作には以下がある。

「仲津姫像 図版解説」(『美術研究』39号、1935年)
「板絵神像 奈良薬師寺蔵 図版解説」(『美術研究』45号、1935年)
「勧修寺繡帳の技法について」(『美術研究』48号、1935年)
「人麿像の像容について」(『美術研究』66号、1937年)
「佐竹侯爵家蔵三十六歌仙絵雑考」(『美術研究』77号、1938年)
「歌絵と芦手」(『美術研究』125号、1942年)
「女絵考」(『美術研究』132号、1943年)
「法華経歌絵について」(『美術史学』88号、1943年)
「上畳歌仙敦忠図解説」(『国華』641号、1944年)
「松平伯爵家蔵法華経見返に就いて」(『美術研究』137号、1944年)
「截金文様の研究 平安朝仏画を中心として」(『美術研究』139号、1946年)
「歌仙藤原信明朝臣図解説」(『国華』696号、1945年)
「やまと絵と女絵」(『三彩』3号、1946年)
「白描源氏歌合絵について」(『古美術』193号、1948年)
「歌仙絵の変遷」(『国華』688号、1949年)
「隆能源氏の季節の題材について」(『美術研究』158号、1951年)
「人麿像解説」(『国華』722号、1952年)
「隆能源氏「柏木」の表現について」(『美術研究』165号、1952年)
「あしでとやまと絵」(『墨美』18号、1952年)
「歌仙重之像」(『国華』730号、1953年)
「源氏物語白描絵雑考」(『大和文華』12号、1953年)
「やまと絵の松」(『艸美』16号、1954年)
「寝覚物語絵巻雑考」(『大和文華』14号、1954年)
「歌仙斎宮女御図解説」(『国華』755号、1955年)
「法然上人像解説」(『国華』781号、1957年)
「藤田本紫式部日記絵巻について」(『大和文華』22号、1957年)
「女絵補考」(『仏教芸術』35号、1958年)
「法界寺壁画(飛天)の製造期に関する推察」(『美術史』32号、1959年)
「牛絵四点」(『淡交』158号、1961年)
「平家納経と檜扇」(『仏教芸術』52号、1963年)
「青蓮院本准胝観音像に就いての私見」(『国華』865号、1964年)
「仏鬼軍絵巻について」(『大和文華』72号、1964年)
「扇面写経」(『仏教芸術』56号、1965年)
「平家の美意識」(『美術工芸』337号、1967年)

著書

『紅白梅図燕子花図』(共著、美術出版社、1955年)
『古美術ガイド 京都』(共著、美術出版社、1964年)
『やまと絵(日本の美と教養)』(河出書房、1967年)
『王朝の絵巻』(鹿島研究所出版会、1968年)
『京のうちそと』(京都文庫、1971年)
『貝あわせ(日本の遊戯具1)』(共著、フジアート出版、1974年)

出 典:『日本美術年鑑』平成19年版(371-372頁)
登録日:2014年10月27日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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