芝田米三

没年月日:2006/05/15
分野:, (洋)

 日本芸術院会員の洋画家芝田米三は5月15日午前4時14分、胃がんのため京都市左京区松ヶ崎西山の自宅で死去した。享年79。1926(大正15)年9月12日、京都市中京区に生まれる。1945(昭和20)年に独立美術京都研究所に入り、須田国太郎に師事。47年第15回独立展に「紫野」で初入選。50年第18回同展に「兄の像」「木の間風景」を出品して独立賞を受賞。同年サロン・ド・プランタン賞を受賞する。53年、独立美術協会準会員となる。57年、同展出品作「丘の樹」が第一回安井賞展に入選。この時期までは風景画が主であったが、58年第26回同展に動物を主要なモチーフとする「老いた山羊」「山羊」「雑草」を出品し、独立美術協会会員に推挙される。63年第31回独立展出品作「樹下群馬」を第7回安井賞候補展に出品し安井賞受賞。65年ヨーロッパに旅行し、以後しばしば欧州、米国、中南米、東欧を旅する。66年第34回独立展に「ナザレの語り」を出品し、G賞受賞。同年から日本国際美術展、現代日本美術展、国際具象派美術展、国際形象展などに出品する。70年代に入ると人物を主要なモチーフとするようになり、次第に人物によって収穫など人間を含む動植物の生命を象徴する作品へと移行する。73年ユーゴスラヴィア、79年ソヴィエトに旅行。同年、グループ展である十果会展が開催され、以後、同展に出品を続ける。80年『芝田米三画集』(求龍堂)を刊行。81年パリのベルネーム・ジュンヌ画廊およびバルセロナのゴスランド・ギャラリーで個展を開催する。83年「世界の民族に捧げる讃歌 芝田米三展」を大阪梅田大丸ミュージアムで開催。84年「昭和世代を代表する作家シリーズ・1 生命讃歌 芝田米三展」を東京の伊勢丹美術館ほかで開催する。86年京都府主催により京都府立文化芸術会館で芝田米三展を開催、1989(平成元)年に京都府文化功労賞を受賞する。92年にバルセロナのサグラダ・ファミリア教会を背景にアントニオ・ガウディの肖像を描いた「或る建築家未完の譜」を制作して以降、音楽家や哲学者などの肖像にそれらの人物とゆかりの深い場所の風景を組み合わせる作品を多く描く。93年、独立美術協会会員功労賞を受賞。94年、前年の第61回独立展に出品した「楽聖賛歌」によって第50回日本芸術院賞を受賞し、同年日本芸術院会員となる。97年「不滅の楽譜を讃える―芝田米三展」を京都、東京、大阪、横浜、岐阜の高島屋および名古屋丸栄で開催。98年いよてつそごうで「生命うるわし<楽聖・収穫シリーズ>芝田米三展」を開催する。2002年、東京、京都ほかの高島屋で「永遠なる音の翼―芝田米三展」を開催。05年には「地球讃歌―芝田米三展」を日本橋、仙台、名古屋ほかの三越で開催した。06年秋の独立展から芝田米三賞が設けられた。

出 典:『日本美術年鑑』平成19年版(370-371頁)
登録日:2014年10月27日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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