並河萬里

没年月日:2006/05/07
分野:, (写)

 写真家の並河萬里は、5月7日肺がんのため神奈川県鎌倉市の病院で死去した。享年74。1931(昭和6)年10月29日東京に生まれる。父は英文学者並河亮。55年日本大学芸術学部写真学科卒業、KRテレビ(現、東京放送)に入社し、報道部に配属されるが約半年で退社、渡欧してフリーランスの写真家として活動をはじめる。62年シリアのパルミュラ遺跡が道路工事により破壊される現場を見て、文化財の撮影にとりくむようになる。以後、シルクロードを中心に、中近東や中央アジア、地中海などユーラシア大陸の各地を取材、その成果として刊行されたシルクロード関連の写真集、書籍は50冊以上にのぼった。またインドネシア・ボロブドール遺跡や中米のマヤ、アステカの遺跡など、約40年間にわたって世界各地で取材した文化遺産は2500ヶ所以上に及び、美術史、考古学、文化人類学などの豊富な知識に裏打ちされた作品は、国際的に高い評価を受けた。晩年は島根県出雲地方や、奈良・薬師寺など、日本国内での撮影にもとりくんだ。主要な写真集に『アルハンブラ宮殿』(講談社、1970年、71年に第21回日本写真協会年度賞受賞)、『シルクロード』(新潮社、1976年、第18回毎日芸術賞受賞)、『トプカプ宮殿博物館』(護雅夫監修、全5巻、トプカプ宮殿博物館全集刊行会、1980年、81年に第31回日本写真協会賞年度賞受賞)、『イスファハン』(グラフィック社、1986年、第40回毎日出版文化賞受賞)などがある。日本大学芸術研究所助教授(1982―87年)、京都芸術短期大学(現・京都造形芸術大学)客員教授(1981―92年)などを歴任したほか、トルコ、イスタンブール国立芸術アカデミー客員教授(1971―73年)や同国立ミマル・シナン大学特別講師(1981)を務めた。文化遺産の保存や修復のためにも尽力した。1994(平成6)年紫綬褒章、2002年に勲四等旭日小綬章を受章。また72年イラン王室文化章、73年トルコ共和国文化功労章など、海外でも多くの受章がある。93年には、島根県に自らの作品を寄贈、94年に島根県並河萬里写真財団が設立された。

出 典:『日本美術年鑑』平成19年版(370頁)
登録日:2014年10月27日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
to page top