脇田愛二郎

没年月日:2006/01/26
分野:, (美)

 立体造形、版画等の平面作品を、アメリカ及び国内で発表していた美術家脇田愛二郎は、肝不全のため、東京都文京区の病院で死去した。享年63。1942(昭和17)年、現在の東京都港区に、画家脇田和(1908―2005)の二男として生まれる。64年武蔵野美術大学を卒業後に渡米。翌年からニューヨークに住み、ブルックリン・アート・ミュージアムに学ぶ。69年、ニューヨークのマーサ・ジャクスン・ギャラリーで個展を開催。60年代から工業製品であるワイヤーを素材に使用、円形状に並べたレリーフ状の作品を制作、さらにそれを転用して版画作品を制作した。以後、70年代にかけて、「螺旋」をテーマにした立体(木製、金属製)、平面作品を発表した。また78年に『脇田愛二郎の環境造形』(アート・テクニック・ナウ第12巻、河出書房新社)を刊行。(95年に増補版を刊行。)同書で、「彫刻とか、絵とか、版画とかさまざまなカテゴライズされた仕事をするのではなく、人間と物と場の相関関係を重視すべきであろう。」と述べている。その創作活動は、素材を問わない多岐なものだが、いずれも立体、平面作品において、つねに作品が置かれることで、その空間の意味を変移させようとする志向がはたらいていたといえる。そのために脇田は、70年代から「環境」への関心を早く持つようになった。70年代末頃からステンレス製の直方体に木製の太いリングがからみつく作品を発表、これにより83年に第11回平櫛田中賞を受賞。85年、詩人辻井喬との共作で詩画集『錆』(河出書房新社)を刊行。86年の第2回東京野外現代彫刻展(会場、東京都世田谷区砧公園)に「ねじられた錆の柱」を出品、大賞受賞。同年7月に渋谷区立松涛美術館にて「特別陳列脇田愛二郎」展を開催。鉄、アルミニウム等の金属による立体作品「ねじられた柱」のシリーズ16点を出品した。

出 典:『日本美術年鑑』平成19年版(364-365頁)
登録日:2014年10月27日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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