徳川義宣

没年月日:2005/11/23
分野:, (美関)

 徳川美術館館長で尾張徳川家21代当主の徳川義宣は11月23日午前5時5分、肺炎のため東京都文京区の順天堂大学医学部附属順天堂医院にて死去した。享年71。1933(昭和8)年12月24日、伯爵堀田正恒の六男正祥として東京都渋谷区上智町に生まれる。尾張徳川家20代当主義知の長女三千子と結婚して徳川家の養子となり、義宣と改名した。56年、学習院大学政経学部経済学科を卒業し、東京銀行に就職。57年からは財団法人徳川黎明会の評議員、60年から同会理事を歴任。61年には東京銀行を退職し、62年から徳川黎明会徳川美術館担当理事、67年から同会専務理事をつとめた。この間東京大学農学部林学科研究生として林業を学ぶかたわら、東京国立博物館研究生となって美術史を学んで学芸員資格を取得した。76年からは徳川美術館館長を兼務、93年からは没した義父にかわって徳川黎明会会長をつとめた。そのほか日本工芸会顧問、東京都重要文化財所有者連絡協議会会長、全国美術館会議副会長、漆工史学会副会長、日本博物館協会理事、愛知県博物館協会理事、日本陶磁協会理事、茶の湯文化学会理事、東洋陶磁学会常任委員などをつとめた。徳川美術館に伝えられた尾張徳川家コレクションの保存に尽力するにとどまらず、研究を美術館活動の中心に据え、旧大名家コレクションを収集して館蔵品を増強し、87年には地元政財界の協力のもと展示室と研究室を充実させる美術館の増改築を実現させるなど、徳川美術館を個性の際立つ日本有数の私立美術館に育てあげた手腕と実績は特筆される。私立美術館博物館の地位向上ひいては日本の博物館活動の振興に寄与するところが多く、91年には博物館法制定40周年文部大臣表彰と日本博物館協会顕彰を、2002年には文化庁長官表彰をうけた。美術史学や歴史学など幅広い分野に造詣が深く、とくに源氏物語絵巻と徳川家康文書の研究で第一人者として知られた。なお、93年までの履歴と著作は『徳川義宣氏略歴 著作目録』(徳川義宣氏の還暦に集う会編集発行、1994年)に詳しい。

出 典:『日本美術年鑑』平成18年版(393頁)
登録日:2014年10月27日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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