東野芳明

没年月日:2005/11/19
分野:, (評)

 美術評論家で、多摩美術大学名誉教授の東野芳明は、1990(平成2)年に病に倒れて永らく療養していたが、11月19日午後0時15分、東京都杉並区の病院で急性心不全のため死去した。享年75。1930(昭和5)年9月28日東京に生まれ、54年東京大学文学部を卒業、同年「パウル・クレー論」により第1回『美術評論』新人賞を受賞。57年には、『グロッタの画家』(美術出版社)を刊行。58年、60年にヴェネツィア・ビエンナーレのアシスタントとして渡欧、その折の欧米での見聞をもとに『パスポート No.328309 アヴァンギャルドスキャンダルアラカルト』(三彩社、1962年)を刊行した。60年代には、既成の表現をはなれた現代美術の動向を「反芸術」と名づけ、議論をまきおこした。抽象表現主義以後のアメリカ現代美術を中心とする紹介と旺盛な美術評論活動のかたわら、67年から多摩美術大学において教鞭をとり、同大学において新しい芸術の受容層の育成のために芸術学科創設に尽力し、それは81年に開講した。その間、78年から80年にかけて、マルセル・デュシャン本人の許可のもと、彼の代表作である「花嫁は彼女の独身者たちによって裸にされて、さえも」(1915-23年、フィラデルフィア美術館蔵)のレプリカ制作を東京大学と共同で行うプロジェクトの中心として、「東京ヴァージョン」(東京大学教養学部美術博物館蔵)として完成させた。60年代から80年代にかけて、その評論活動は、同時代の欧米美術の紹介にとどまらず、混迷する現代美術の状況を音楽、演劇等広く文化史的な視野からとらえつつ思索をつづけ、つねに今日的な問題を提起しつづけたことは特筆に値するものであった。翻訳、画集等の編集は数多く、また評論集等の主な著作は下記のとおりである。『現代美術―ポロック以後』(美術出版社、1965年)、『ジャスパー・ジョーンズ そして/あるいは』(美術出版社、1979年)、『裏切られた眼差:レオナルドからウォーホールへ』(朝日出版社、1980年)、『曖昧な水 レオナルド・アリス・ビートルズ』(現代企画室、1982年)、『ロビンソン夫人と現代美術』(美術出版社、1986年)、『ジャスパー・ジョーンズ アメリカ美術の原基』(美術出版社、1986年)、『マルセル・デュシャン「遺作論」以後』(美術出版社、1990年)

出 典:『日本美術年鑑』平成18年版(392頁)
登録日:2014年10月27日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
『日本美術年鑑』に収録されている以下の記事にも「東野芳明」が含まれます。
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