田中幸人

没年月日:2004/03/26
分野:, (評)

 熊本市現代美術館長で、美術評論家の田中幸人は、3月26日すい臓癌のため死去した。享年66。 1937(昭和12)年、福岡県久留米市に生まれる。54年、佐賀県立伊万里高校から福岡県立修猷館高校に編入学。56年に同校卒業、翌年九州大学文学部に入学。61年に同大学文学部哲学科を卒業、同年毎日新聞社に入社。同社西部本社報道部に配属、大牟田通信部、西部本社報道部を経て65年に学芸課に転出した。以後、美術を中心に記者生活を送る。当時、菊畑茂久馬等の「九州派」といわれた福岡と中心とする現代美術の新しい動向に対して共感をもって精力的に取材を重ねて記事とした。81年には、同僚記者であった東靖普と連載記事をまとめて『漂民の文化誌』(葦書房)を刊行。この後、同社東京本部に転勤し、以後10年間美術担当編集委員として同新聞に美術批評を執筆した。東京での批評活動では、従来の公募団体展中心から画廊等で開催される中堅、若手の個展へと対象を一変させ、そこから書きつづけられた膨大な批評記事は、視野の広さと鋭い視点に裏付けられた同時代の良質のドキュメントとなっているといってよい。1991(平成3)年に同新聞社を退社、同年埼玉県立近代美術館長に就任、2000年まで勤める。同美術館時代には、積極的に現代美術の企画展に参画した。2000年、熊本市現代美術館設立のために招かれ、02年4月から初代同美術館長となり、その在任中の死去であった。没後、遺稿集として『感性の祖形―田中幸人美術評論集』(「田中幸人遺稿集」刊行委員会編、弦書房、2005年3月)が刊行された。装飾古墳壁画をはじめ民俗学、人類学にも造詣が深く、そうした幅広い視点と現場での取材に徹した現代美術批評として特色があり、また後年は美術館人としても、近年の美術館をめぐる厳しい状況に対して真摯で提言的な発言を最後までつづけていた。

出 典:『日本美術年鑑』平成17年版(346頁)
登録日:2014年10月27日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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