菊地養之助

没年月日:2003/12/15
分野:, (日)

 日本画家で創画会会員の菊地養之助は12月15日午後11時45分、肺炎のため東京都港区の病院で死去した。享年95。
 1908(明治41)年1月17日、福島県大沼郡本郷村に生まれる。高等小学校卒業後に上京し、1924(大正13)年より川端画学校で画を、1935(昭和10)年クロッキー研究所でデッサンを学ぶ。47年共産党系前衛作家の主導による前衛美術会結成に参加。48年第2回日本アンデパンダン展に出品。この時期、社会的テーマに惹かれ農民、労働者、庶民といった人間群像を描く。50年第3回創造美術展に「工場裏風景」を出品。翌年同会は新制作派協会と合流、その第15回展に「墨東裏町」「階段の人」を出品。以後、同展日本画部に毎回出品する。56年新制作春季展で春季賞を受賞。以後、62年、63年に同賞を受賞。59年原水爆禁止世界大会記念美術展に出品。62年第26回新制作展日本画部で「鳩のいる家族」「母と子」が新作家賞を受賞。63年、66年にも同賞を受賞する。62年より68年頃まで人間風刺をこめた仮面シリーズに取り組む。その間、64年五人展(東京、スルガ台画廊)に出品。67年新制作協会日本画部の会員となる。74年に新制作協会より日本画部が退会し、創画会が結成された後は同会に会員として毎回出品。89年みずさわ画廊にて回顧小個展を開催した。

出 典:『日本美術年鑑』平成16年版(306-307頁)
登録日:2014年10月27日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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