由木礼

没年月日:2003/11/26
分野:, (版)

 版画家の由木礼は11月26日12時5分、心筋梗塞のため死去した。享年75。本名上村礼生(うえむら・のりお)。1928(昭和3)年11月7日、東京・芝白金に生まれる。45年3月日本中学を卒業。大学受験を控えた由木を残して家族は福岡県に越していたが、同年4月、父を失ったため由木も福岡に移り住む。47年上京、萩原朔太郎の詩に衝撃を受ける。続いてボードレールやポーに惹かれ、それらを原語で読むためにフランス語と英語を学び、アテネ・フランセに通う。52年同校を卒業、そのまま職員となる。この頃恩地孝四郎品川工の版画を知り、品川に師事する。53年第21回日本版画協会展に「陽気な風景」「五月の葬式」で初入選。56年、品川が中心となったグラフィック・アート・クラブに参加、グループ展に出品し人的交流を広げ、それを契機に57年サトウ画廊で初個展を開催した。70年第47回春陽展に「デュラの雪」「ホワイトピラミッド」が初入選、76年春陽会会員。ほぼ毎年日本版画協会展と春陽展に作品を発表した。加えて国際木版画展に参加したほか、ニューヨークやトロントなど海外でも個展を開催。81年にフランスのシャロン市立ドゥノン美術館で個展を、翌82年には神奈川県民ホールで土谷武難波田龍起とともに三人展を開催する。1997(平成9)年、版画集団「版17」を結成、国内外でグループ展を開催した。99年第76回春陽展で岡鹿之助賞を受賞。由木は木版のマティエールを生かし、「時」をよく題材にした。60年代半ばには、その抽象的な形態に地面から立ち上がり長く伸びたゆらめく黒線が現れ、画面は具象と空想が入り混じった空間となった。90年代には色彩豊かなピラミッドをよく描く。そのほか由木は由木式ボールバレンと呼ばれるばれんを開発し、発光する造形作品「カレイドスペクトラ」や絵札「悪魔骨牌」(あくまかるた)も創作している。2005年には『由木礼全版画集』が玲風書房から出版されている。

出 典:『日本美術年鑑』平成16年版(305頁)
登録日:2014年10月27日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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