横山隆一

没年月日:2001/11/08
分野:, (漫)

 漫画「フクちゃん」で知られる漫画家の横山隆一は、脳梗塞のため神奈川県鎌倉市の湘南鎌倉総合病院で死去した。享年92。1909(明治42)年5月17日、高知県高知市堺町に生まれる。1927(昭和2)年、高知城東中学校を卒業後、同年上京した。翌年、川端画学校に通いはじめ、同郷の彫刻家本山白雲に弟子入りした。この頃から、アメリカの雑誌に掲載されたナンセンス漫画に惹かれて、漫画を描きはじめ、雑誌に投稿するようになる。30年、体力的な不安から、彫刻を断念する。31年、雑誌「新青年」に表紙画、挿絵、漫画が採用されるようになる。翌年、近藤日出造、杉浦幸雄とともに「新漫画派集団」を結成。36年1月、朝日新聞東京版に「江戸っ子健ちゃん」を連載、この漫画に脇役として登場させた「フクちゃん」の人気がたかまり、同年10月より、「養子のフクちゃん」として連載を再スタートした。38年、「フクちゃん」に対して、日本文化協会より第1回児童文化賞を受賞。44年、アニメーション映画「フクちゃんの潜水艦」を制作。45年、終戦後、連絡のとれた26名の漫画家たちとともに「漫画集団」を再発足させる。46年、永井龍男、小林秀雄に勧誘され、「新夕刊」に「フクちゃん」を連載。48年11月、毎日新聞朝刊に「ペ子ちゃん」を連載、翌年12月、同紙に「デンスケ」を連載、同漫画は55年まで連載2000回を数えた。51年、サンフランシスコ対日講和会議取材のため、毎日新聞より派遣され、渡米。3ヶ月の滞在中、ウォルト・ディズニー、スタインベルクに会う。54年、月刊「漫画読本」(文芸春秋社)に漫画集団として寄稿。56年1月1日より、毎日新聞に「フクちゃん」の連載を開始。同年、アニメーション制作のために「おとぎプロダクション」を設立、翌年アニメーション「ふくすけ」を完成させ、この作品によって同年のブルーリボン賞、58年の毎日映画コンクール教育文化映画賞を受賞。66年、まんが集「勇気」(日本YMCA同盟出版部)によって、同年の毎日出版文化賞特別賞受賞。71年、「フクちゃん」、連載5534回を記録して終了した。74年、紫綬褒章を受ける。79年、まんが集「百馬鹿」(奇想天外社)を出版、これにより同年の日本漫画家協会漫画大賞を受賞。1992(平成4)年、日本漫画家協会漫画賞特別賞として文部大臣賞を受賞。94年、漫画家として初めて文化功労者となる。96年、高知市名誉市民、鎌倉市名誉市民となる。戦前からの長きにわたる漫画家としての活動のなかから、「フクちゃん」に代表される国民的なキャラクターを生み、つねにユーモアと諷刺にあふれた作品を描きつづけた。没後の2002年4月、高知県高知市に横山隆一記念まんが館が開館し、多数の漫画とともに、横山のユーモアにみちたユニークなコレクションと資料が展示されている。

出 典:『日本美術年鑑』平成14年版(248-249頁)
登録日:2014年10月27日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
『日本美術年鑑』に収録されている以下の記事にも「横山隆一」が含まれます。
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