寺島龍一

没年月日:2001/10/26
分野:, (洋)

 洋画家寺島龍一は、10月26日午後7時17分、肺炎のため東京都港区の病院で死去した。享年83。本名は寺嶋龍一。1918(大正7)年4月27日東京築地に生まれる。千葉県九十九里で幼少期を過ごし、栃木県立宇都宮中学校(現栃木県立宇都宮高等学校)を卒業後、川端画学校に学ぶ。1938(昭和13)年東京美術学校に入学、小林萬吾教室に学び、ついで寺内萬治郎に師事した。人物画をよくする。在学中、41年第4回新文展に「父の像」が入選したほか、翌年の第29回光風会展に「部屋にて」が入選。46年第1回日展に入選、57年に「N氏像」が第13回日展特選、同年光風会でも会員となり、以後は日展と光風会を活躍の場とする。60年から一年半滞欧し、シエナ派の絵画から線描表現や幻想性を、またジャコメッティの作品から人体と空間の表現方法を学んでいる。帰国後は舞妓をはじめとする女性像をよく描き、その一方で、前景に女性を配してスペインやイタリアの風景と組み合わせた構図を作り上げた。76年以降14回渡欧、特にアンダルシア地方の風景を好んだ。油彩画のほかに児童書や事典に挿絵を描き、69年には産経児童出版文化賞を受賞。77年東京新聞連載小説「愛しい女」(三浦哲郎作)の挿絵を担当する。78年筑波大学教授となるが、翌年辞している。80年と83年に日動サロンで個展を開催。1991(平成3)年紺綬褒章受章、92年「アンダルシアの宴」で日展内閣総理大臣賞を、96年度には「アンダルシア賛」で日本芸術院賞・恩賜賞を受賞。98年日本芸術院会員。99年日展顧問、2000年光風会理事長となる。著書に『人物画の新しい工夫』(アトリエ社 1969年)があり、『寺島龍一画集』(ビジョン企画出版社 2000年)が刊行されている。

出 典:『日本美術年鑑』平成14年版(247頁)
登録日:2014年10月27日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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