北村治禧

没年月日:2001/08/21
分野:, (彫)

 彫刻家北村治禧は8月21日午前4時53分、慢性白血病のため東京都北区の病院で死去した。享年86。北村は1915(大正4)年1月1日、長崎県島原に彫刻家北村西望の長男として生まれる。1933(昭和8)年東京美術学校彫刻科に入学。39年、同校を卒業後に進学した同研究科を修了。同校在学中、36年の文展鑑査展に「少女」が初入選する。その後も新文展、日展を活動の場とし、43年第6回新文展では「髪」が特選を受賞した。戦後も第3回、5回、6回の日展で「空」、「光」、「砲丸」が特選を受賞、その後も順調に日展に作品を発表し、52年には日展会員、58年に日展評議員となる。66年、第9回新日展で「巻雲」が文部大臣賞受賞。68年に、前年の日展出品作「光る波」により第24回日本芸術院賞を受賞、80年には日本芸術院会員になる。81年日展常務理事、1995(平成7)年日展顧問に就任。一方、日本彫塑会(のちの日本彫刻会)にも作品を発表、81年には常務理事となる。86年勲三等瑞宝章を受章。主にブロンズを素材とし、様々なポーズをとった女性像には、父・西望に師事した写実力がうかがえる。日本橋三越での妖精シリーズを扱った個展(71年)のほか、高島屋などでも個展を開催。

出 典:『日本美術年鑑』平成14年版(244頁)
登録日:2014年10月27日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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