福永重樹

没年月日:2001/08/05
分野:, (美関)

 東京都の目黒区美術館長の福永重樹は、メキシコのガナファト市で開催される現代日本版画展の開会式に出席するため滞在していたが、脳梗塞で倒れ、レオン市の病院で急性肺炎のため死去した。享年68。1933(昭和8)年7月7日、東京都港区明石町に生まれる。53年、東京都立一ツ橋高等学校を卒業、同年上智大学文学部史学科に進学、57年に卒業、同年より静岡県の雙葉高等学校に赴任した。67年、東京のサントリー美術館の学芸員となった。同美術館在職中、上智大学大学院文学研究科史学専攻に学び、71年に修了した。同美術館では、少数の学芸スタッフのなか、年に6、7回の企画展を担当し、国内外の工芸、日本画、版画の展覧会をつぎつぎに開催し、視野を広げていった。76年5月、京都国立近代美術館事業課主任研究官として異動した。同美術館在職中は、「今日の造形<織>―アメリカと日本」(77年)、「現代ガラスの美―ヨーロッパと日本」(80年)、「今日のジュエリー―世界の動向」(84年)、「現代イタリア陶芸の4巨匠」(87年)など、世界的な視野にたったユニークな工芸関係の展覧会を企画担当した。1993(平成5)年、国立国際美術館学芸課長に昇任した。95年6月に目黒区立美術館館長に就任した。同美術館では、毎年開催された「朝日陶芸展」、「昭和シェル石油現代美術賞展」の審査をつとめるとともに、「染めの詩 三浦景生展」(98年)、「京友禅 きのう・きょう・あした」(99年)、「陶の標―山田光」展(2000年)、「栗辻博展 色彩と空間とテキスタイル」(同年)などを企画した。伝統工芸から現代美術まで、広い視野で数々の論文、批評を残し、主な編著作には、「近代の美術40 近代日本版画」(至文堂、77年)、「現代日本美人画全集 第2巻 鏑木清方」(集英社 1977年)、「近代の美術47 現代の金工」(至文堂 1978年)がある。また美術館人として多くの展覧会を企画担当し、展示にあたっても、既成の感覚にとらわれない斬新な試みもつづけていた。

出 典:『日本美術年鑑』平成14年版(243-244頁)
登録日:2014年10月27日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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