中村溪男

没年月日:2001/05/19
分野:, (学)

 美術史家、美術評論家の中村溪男は5月19日午前6時50分、心不全のため神奈川県鎌倉市の病院で死去した。享年79。1921(大正10)年8月26日、日本画家中村岳陵の長男として生まれる。本名は秀男で、横山大観が自らの本名秀麿より一字をとって命名したもの。1947(昭和22)年慶應義塾大学文学部国史学科を卒業。その前年より帝室博物館(現東京国立博物館)列品課金工区室員、48年より同課絵画区室員を経て、49年東京国立博物館学芸部絵画部文部技官に任官。この頃より溪男の筆名を用いるようになる。博物館では56年の雪舟展、74年の雪村展を担当するなどとくに室町水墨画についての見識を有し、数々の著作を行なう一方、父の先輩でもあった早世の画家今村紫紅の評価につとめるなど近代日本画史の形成にも貢献した。59年より博物館勤務の傍ら日本女子大学文学部史学科の講師に招かれ日本美術史を担当、84年まで教壇に立つ。81年東京国立博物館学芸部主任研究官に任ぜられ、同館名誉館員となる。翌年同館主催のボストン美術館蔵・日本絵画名品展に際し、同展の総責任者を務め、ボストン美術館で「祥啓画山水図について」と題し講演を行なう。83年東京国立博物館を停年退官し、山種美術館副館長(85年より事務局長)となる。その傍ら85年には宇都宮文星短期大学教授美術学科長に就任。86年にはデトロイト美術館主催のシンポジウムに招待され、「雪舟の周防行きについての意義」と題する講演を行なう。1995(平成7)年から98年まで成田山書道美術館副館長を務める。同美術館退職後は自宅の傍らに「アトリエ 悠・然」を開設主宰、日本画の実技指導や美術講演、美術談義を行なっていた。

主要著書

『雪舟』(大日本雄弁会講談社 1956年)
『永徳』(平凡社 1957年)
『日本人の表情』(社会思想研究会出版部 1958年)
『日本の絵画』(社会思想研究会出版部 1959年)
『墨絵の美』(明治書房 1959年)
『日本近代絵画全集20 今村紫紅』(講談社 1964年)
『日本の美術17 明治の日本画』(至文堂 1967年)
『カラーブックス194 絵画に見る日本の美女』(保育社 1970年)
『東洋美術選書 祥啓』(三彩社 1970年)
『日本の美術63 雪村と関東水墨画』(至文堂 1971年)
『近代の日本画 菱田春草』(至文堂 1973年)
『日本絵画全集4 雪舟』(集英社 1976年)
『茶画のしおり』(茶道之研究社 1979年)
『抱一派花鳥画譜』(紫紅社 1978~80年)
『古画名作裏話』(大日本絵画 1986年)
『冷泉為恭と復古大和絵派』(至文堂 1987年)
『四季の茶画』(求龍堂 1990年)
『今村紫紅』(有隣堂 1993年)

出 典:『日本美術年鑑』平成14年版(237-238頁)
登録日:2014年10月27日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
『日本美術年鑑』に収録されている以下の記事にも「中村溪男」が含まれます。
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