畦地拓治

没年月日:2000/12/18
分野:, (美)

 現代美術家の畦地拓治は、12月18日午後10時25分、くも膜下出血のため東京都三鷹市の病院で死去した。享年52。畦地は、1948(昭和23)年11月、木版画家畦地梅太郎の二男として、東京に生まれた。70年、東京芸術大学美術学部彫刻科を卒業。73年、同大学大学院修士課程修了。個展での発表活動をはじめた頃より、CARVINGと題した作品では、木をグラインダーで削っただけの行為の痕跡と素材そのものを提示しようとしたものであった。これは、同時代の「もの派」といわれるコンセプチュアル・アートの興隆を背景としており、この作家の起点をしめすものであった。75年の第10回ジャパン・アート・フェスティバル(東京、上野の森美術館)で通産大臣賞を受賞。82年には第16回日本国際美術展で、栃木県立美術館賞を受賞。85年から1年間、文化庁在外研修員としてニューヨーク州立大学の各員芸術家として滞在した。すでに、この頃には、木、金属、大理石などの断片を組み合わせた平面に、波の写真をシルクスクリーンで転写し、さらにグラインダーで波動の形に呼応するように削る作品CARVING -WAVEのシリーズを制作していた。イメージ、素材、身体性が重層的にかさなりあい、虚実の折り重ねをしめす、きわめてコンセプチュアルなものとなっていた。個展の活動のほか、83年、「現代美術における写真」(東京国立近代美術館等)、87年、「現代美術になった写真」(栃木県立美術館)、1991年「マニエラの交叉点-版画と映像表現の現在」(町田市立国際版画美術館)など、現代美術における写真、版画などを用いた先鋭的な試みを検証しようとする企画展に出品していた。

出 典:『日本美術年鑑』平成13年版(245頁)
登録日:2014年10月27日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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