林功

没年月日:2000/11/04
分野:, (洋)

 日本画家で愛知県立芸術大学美術学部助教授の林功は11月4日、中国西安市郊外で交通事故のため死去した。西安国立歴史博物館の招待を受け、章懐太子墓の復元壁画研究の最中であった。享年54。1946(昭和21)年2月22日千葉県茂原市町保に生まれる。千葉県立長生高等学校在学中に、美術教師だった洋画家山本文彦に感化されて絵の勉強を始め、千葉県美術展で県美術会賞、市長賞を受賞。その後東京芸術大学日本画科に進み、69年に卒業、その年の院展に初入選する。東京芸術大学大学院保存修復技術研究室で吉田善彦の指導を受け71年に修了、同年日本美術院院友となる。72年に新人画家の登竜門であるシェル美術賞展で「朝・落葉の音」が一等賞を、81年第6回山種美術館賞展で「汎」が優秀賞を受賞。戦後世代の日本画家による横の会にも84年結成時から93(平成5)年解散まで参加、画壇の枠を越えた連携活動は注目を集めた。この間、87年から2年をかけて法隆寺聖霊院厨子絵「蓮池図」を制作。90年に愛知県立芸術大学美術学部講師となり、94年より同学部助教授を務める。96年には横の会のメンバーだった伊藤彬・中島千波・中野嘉之とグループ「目」を結成、屏風等の大作を試みる。意欲的な創作活動の一方で76年より文化庁の文化財修復模写事業に参加して以来、科学的調査研究をも踏まえた古画模写の第一人者として活躍。78年神護寺蔵伝源頼朝像、89年同寺蔵伝平重盛像、91年法隆寺金堂壁画飛天図、99年源氏物語絵巻等、多くの国宝、重要文化財の模写事業を手がけ、原画と同技法・同素材にこだわる姿勢は、修復の現場にも大きな影響を与えた。模写によって培われた技法や精神は創作活動のほか『日本画の描き方』(講談社 84年)、『名画の技法 水墨画』(日本経済新聞 89年)といった著書執筆にも反映されている。画集には『林功画集』(求龍堂 92年)、『林功 人と作品 追悼画集』(2001年)があり、回顧展としては没後の02年に茂原市立美術館・郷土資料館で「日本画家 林功展」が開催されている。

出 典:『日本美術年鑑』平成13年版(242頁)
登録日:2014年10月27日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
『日本美術年鑑』に収録されている以下の記事にも「林功」が含まれます。
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