市橋とし子

没年月日:2000/10/26
分野:, (工)

 人形作家の市橋とし子は、10月26日午前11時15分、老衰のため神奈川県横浜市の病院で死去した。享年93。1907(明治40)年8月21日、東京都千代田区神田に生まれる。本名登志(とし)。1925(大正14)年、東京女子高等師範学校保育実習科を卒業。1938(昭和13)年に横浜へ転居し、40年、近所の洋装店で見た人形作家今村繁子の人形に感動。すぐさま今村の家を訪問して弟子となり人形制作を学んだ。戦中から終戦直後にかけては制作をやめていたが、49年、偶然路上で今村に再会。今村の強いすすめで出品した同年の第1回現代人形美術展で、「午下がり」が特選第一席を受賞。翌年の同展でも「おしくらまんじゅう」が特選第一席を受賞。桐塑(桐のおが屑と生麩糊をこねたもの)技法により、身近な生活に取材した人物の姿を繊細かつ詩情豊かに表現する清麗な作風を確立した。54年からは全日本女流美術展にも出品。このころ、より人肌に近い質感を求めて、仕上げに和紙を用いた紙張りの手法を取り入れるようになる。61年、第8回日本伝統工芸展に出品、以後同展に出品を続け、日本工芸会人形部長および理事を務めた。65年からは彫刻家金子篤司に師事して彫刻デッサンや木彫を学び、人形制作においても、一層、的確な構成力を見せるようになった。85年、勲四等瑞宝章を受章。1989(平成1)年、重要無形文化財「桐塑人形」保持者(人間国宝)に指定される。90年、横浜文化賞を受賞。94年、銀座の和光にて個展を開催。98年から翌年にかけて新宿伊勢丹美術館などを巡回した回顧展「市橋とし子人形展-人形はだませない-」が開催された。次男奥村昭雄は建築家、四男徹雄はピアニスト。

出 典:『日本美術年鑑』平成13年版(240頁)
登録日:2014年10月27日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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