三芳悌吉

没年月日:2000/09/10
分野:, (洋)

 行動美術協会会員の洋画家三芳悌吉は9月10日午後6時58分呼吸不全のため東京都世田谷区の病院で死去した。享年90。1910(明治43)年6月23日、東京向島に生まれる。幼少時に新潟県新潟市に一家で転居。1927(昭和2)年、新潟医科大学解剖学教室で顕微鏡図を描く職に就くかたわら、絵画を独習。翌年、上京し、東京帝国大学医学部の森於兔教室に就職し、また太平洋画会研究所に学んだ。34年の第21回二科展に「裏町の子」が初入選。以後、戦前期は同会に出品をかさね、43年の第30回展に「防空服の婦人」が入選後、会友となった。戦後は、46年の行動美術協会創立にともない、その春季第一回展に出品協力者として出品、同会会員に迎えられた。以後、同展に一貫して出品をつづけた。1990(平成2)年には、新潟県美術博物館で「三芳悌吉の世界」展が開催され、その芸術が回顧された。画風は、街頭の情景などの風景画を中心に、堅実な描写ながら、その色彩の暖かさは人を惹きつけるものがある。一方では、はやくから多数の絵本の制作しており、その功績により、83年には日本児童文化功労賞を受賞、86年には『ある池のものがたり』(福音館書店)によって日本絵本賞を受賞。そのほか、晩年に出版した『砂丘物語』Ⅰ・Ⅱ(福音館書店 96年)は、幼年期をおくった大正期の新潟市をこどもの視点でえがいたものとして、多くの人に読みつがれている。

出 典:『日本美術年鑑』平成13年版(240頁)
登録日:2014年10月27日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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