横山一夢

没年月日:2000/03/28
分野:, (工)
読み:よこやまいちむ

 木工芸家で日展参与を務めた横山一夢は3月28日午前2時20分、肺炎のため富山県高岡市の病院で死去した。享年89。1911(明治44)年3月1日、木彫の町として知られる富山県東砺波郡井波町に生まれる。本名善作(ぜんさく)。職人の家系に生まれて木彫技術を習得し、大島五雲(二代)に師事して無名の彫刻師として寺院の改修などにも加わった。1934(昭和9)年に独立自営をはじめると職人という枠にとらわれず独自の意匠作りに励み、41年、当時職人の応募はほとんど考えられていなかった中で、第4回新文展に「鷺の衝立」を出品し初入選を果たす。以後、山崎覚太郎(富山市出身の漆芸家)の指導を受けながら文展、日展に出品を続け、戦後の混乱期も旧来の徒弟制度を越えて井波美術協会や富山県工芸作家連盟を中心に幅広い創作活動を展開することで乗り越えた。53年「響」で第9回日展北斗賞、58年「秋の調」で第1回新日展特選と受賞を重ね、63年には日展会員、71年から日展評議員、1992(平成4)年からは日展参与を努めた。この間、62年に富山県工芸文化賞を、63年に富山新聞社芸術賞、72年に黄綬褒章、75年に北日本新聞文化賞を受賞し、79年には井波町に横山一夢工芸美術館を設立した。80年「静かな朝」で第19回日本現代工芸美術展文部大臣賞を受賞、82年に国際アカデミー賞と勲四等瑞宝章を受章し、90年富山県無形文化財「木工芸木彫象嵌技術」保持者に認定された。主に鳥をモティーフとし、木目や木質の違いを活かした静かで簡潔な作風で知られた。木工芸の伝統を継承しながら近代的な装飾美の世界を築き、木彫職人の技術を美術工芸の世界に引き上げた業績が高く評価されている。長男善一は造形作家、次男幹は木工芸作家。

出 典:『日本美術年鑑』平成13年版(232頁)
登録日:2014年10月27日
更新日:2023年09月25日 (更新履歴)

引用の際は、クレジットを明記ください。
例)「横山一夢」『日本美術年鑑』平成13年版(232頁)
例)「横山一夢 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/28179.html(閲覧日 2024-04-24)
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