松原三郎

没年月日:1999/05/04
分野:, (学)

 美術史家で文学博士、実践女子大学名誉教授の松原三郎は、5月4日死去した。享年80。1918(大正7)年9月4目、福井県に生まれる。44(昭和19)年東京帝国大学文学部美学美術史学科を卒業。同年同大学院に進み、46年東京大学大学院を修了した。同62年3月には「中国金銅仏及び、石窟造像以外の石仏に就ての研究」により東北大学(亀田孜教授主査)から文学博士号を授与された。70年実践女子大学文学部教授となる。この問、東京大学文学部、同大学院、成城大学、東京女子大学文理学部で講師を兼任する。75年実践女子大学に図書館博物館学講座が設立され主任となる。82年ハーバード大学付属フォッグ美術館客員研究員として招聘される。85年実践女子大学文学部に美術史学科が設立され、学科主任となる。89(平成元)年実践女子大学名誉教授となる。中国仏教彫刻史研究の泰斗として、95年生涯の研究の集大成である『中国仏教彫刻史論』全4冊(吉川弘文館)を上梓した。その研究は、従来石窟寺院中心であった中国仏教彫刻の研究に対して、年記や供養者の姓名、出身地あるいは制作地を示唆する地名などが銘文に記されることの多い単体の石彫像、金銅仏、さらには木彫像について注目し、日本や欧米の美術館・博物館、個人コレクションに所蔵されるそれらの作例を博捜して、仏像様式の地域性と時代性がどのように現れるかを丹念に、しかも繰り返し考察した。学位請求論文となった59年の『中国仏教彫刻史研究』に始まり、その増訂版である66年の『増訂中国仏教彫刻史研究』 (いずれも吉川弘文館)、そして最後の『中国仏教彫刻史論』に至るまで、銘文の解説と作品の真贋に対する検討が続けられた。初期の頃には日本人の誰もが実見することのできなかった中国大陸の作例が多数盛り込まれ、重要な資料を提供したが、同時に、前の出版で掲載されたものでも次の出版ではいくつかが厳しく不採用となった。その修辞法には独特の難解さがあるものの、考察の地域と時代は広範囲におよび、仏像様式の相互の関連や発展の状況が論じられている。この3冊を根幹としながら、初期の雑誌掲載の論文では朝鮮半島の石仏、金銅仏についての研究が行われ、さらにすすんで日本の飛鳥時代の仏像様式との関係を論じている。ついで唐時代と奈良時代の仏像様式の比較検討もおこなった。後半は中国大陸での新発見の報告が増加する中で、積極的に河北省や山東省の作例を調査研究しようとする姿勢が加わった。主な論文に「新羅石仏の系譜―特に新発見の軍威石窟三尊仏を中心として―」 (『美術研究』第250号)、「飛鳥白鳳仏と朝鮮三国期の仏像―飛鳥白鳳仏源流考としてー」(『美術史』68号)、「盛唐彫刻以降の展開」(『美術研究』257号)、「飛鳥白鳳仏源流考(一)~(四) 」(『国華』第931、932、933、935号)、「天平仏と唐様式」(『国華』第967、969号)などがある。また主な著書に上記3冊のほか『Arts of China Buddhist Cave temple』(1969年、講談社インターナショナル)、『小金銅仏 飛鳥から鎌倉時代まで』(田辺三郎助と共著)(1979年、東京美術)、翻訳・解題『埋もれた中国石仏の研究―中国河北省曲陽出土の白玉像と編年銘文―』(楊伯達著)(1985年、東京美術)、『韓国金銅仏研究―古代朝鮮金銅仏の系譜―』(1985年、吉川弘文館)などがある。

出 典:『日本美術年鑑』平成12年版(256-257頁)
登録日:2014年10月27日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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