光森正士

没年月日:1999/03/31
分野:, (学)

 奈良大学教授、奈良国立博物館名誉館員の光森正士は3月31日午後8時、肝不全のため兵庫県尼崎市の病院で死亡した。享年67。1931(昭和6)年5月9日尼崎に生まれる。55年5月大阪学芸大学を中途退学、翌56年4月龍谷大学に入学する。同大学大学院文学研究科博士課程在学中の64年7月奈良国立博物館学芸課工芸室文部技官となる。65年7月学芸課美術室に配属となり、以来彫刻を担当する。66年3月龍谷大学大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学。72年11月奈良国立博物館学芸課普及室長、77年4月学芸課美術室長、87年奈良国立博物館仏教美術資料研究センター仏教美術研究室長、91(平成3)年4月学芸課長、93年3月学芸課長を最後に奈良国立博物館を退官した。同年5月奈良国立博物館名誉館員になる。95年奈良大学文学部文化財学科教授になり、文化財学研究法、日本彫刻史、日本文化史等を担当した。この間、奈良市史編集委員(64年から88年まで)、奈良県橿原市文化財審議委員(75年)、大阪府松原市史、美原町史編集委員(78年)、奈良県文化財審議委員(85年)、外務省研修所講師(86年から95年まで) 、鳥取県倉吉市博物館文化顧問(90年)、兵庫県姫路市文化財審議委員(91年)、奈良県御所市文化財審議委員、奈良県斑鳩町文化財委員(92年)、文化庁文化財審議会専門審議委員(96年)等を歴任し、また帝塚山短期大学(79年から81年まで)、神戸大学(83年から88年まで)、龍谷大学(89年から90年までと94年から95年まで)等で非常勤講師として仏教美術史、博物館学等の教鞭をとった。大阪学芸大学では絵画を学び、自身は僧籍にあったという環境と、学生時代以来親しく指導を受けた考古学者石田茂作の強い影響のもと、仏教美術を単なる机上や大学の教室における研究の対象としてのみとらえるのではなく、ほんらいの仏教儀礼実践の場にあるものとして見つめようとする姿勢を貫いた。阿弥陀仏に関する研究、礼拝空間としての仏堂の研究、多種類の仏具、仏教工芸に関する研究など、個性ある成果を残した。また、30年におよぶ奈良国立博物館学芸員として多くの展覧会を手がけ、奈良を中心とする古社寺の紹介と保護に尽力した。主な著作に『阿弥陀仏彫像』 (1975年、東京美術)、『山越阿弥陀図』(1976年、同朋舎出版)、『大和路かくれ寺かくれ仏』(1982年、講談社)、『阿弥陀如来像』(1986年、至文堂 シリーズ日本の美術241)、『仏像彫刻の鑑賞基礎知識』(共著、1993年、至文堂)、『仏教美術論考』(1998年、法蔵館)がある。

出 典:『日本美術年鑑』平成12年版(254頁)
登録日:2014年10月27日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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