榎倉康二

没年月日:1995/10/20
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 東京芸術大学教授の美術家榎倉康二は10月20日午後6時30分、東京都世田谷区の自宅で倒れ急死した。享年52。昭和17(1942)年11月28日東京に生まれる。同36年私立独協高等学校を卒業して、同37年東京芸術大学油画科に入学。同41年、同科を卒業して同大学大学院油画科に進学。また、同年より同48年まで、すいどーばた美術学院非常勤講師をつとめる。この間、同42年東京のイトー画廊でグル一プ.ルモン第1回展を開催。同43年に大学院を修了する。同44年を東京の椿近代画廊で第1回個展「The ceremony of walking(歩行儀式)」を開催。同45年第10回日本国際美術展に、同46年第10回現代日本美術展、第7回パリビエンナーレに出品。早くから物質相互の浸透、物質と人間の関係などに興味を抱き、同45年東京村松画廊での個展「The Infinit Zone(不定地帯)」、同46年東京のウォーカー画廊での個展「湿質」、同47年田村画廊での「榎倉康二提示場<干渉量>」などで制作を発表。同49年ドイツのアーへン市立美術館で個展を開催し「予兆―海・肉体」他を発表する。同51年ときわ画廊で個展「不定領域」を開催、また第2回シドニー・ビエンナーレに出品する。同53年東京画廊で個展「干渉率」を開催した。同55年ヴェネツィア・ビエンナーレに出品。同56年東京芸術大学美術学部講師となり、同58年同助教授となる。平成4年ボローニア市立近代美術館での「70年代日本の前衛展」に出品。同5年東京芸術大学美術学部教授となった。同年世田谷美術館での「70年代日本の前衛 抗争から内なる葛藤へ」展、同7年北九州市立美術館、広島市現代美術館での「1970年―物質と知覚」展などに出品していることから知られるように、作家活動の初期から鋭い感性で自らの生きる時代の問題に切り込む制作を発表し続けた。80年代には「FIGURE」のシリーズを、90年代には「干渉」のシリーズを制作。オブジェやインスタレーションから平面やタブローへと作品形態の中心が移行したが、ものごとのはじまりや生成、ないしは存在することそれ自体を、「浸透」「干渉」などを鍵としてとらえようとする試みは一貫していた。

出 典:『日本美術年鑑』平成8年版(327頁)
登録日:2014年10月27日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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