濱田増治

没年月日:1938/11/27
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 商業美術家濱田増治は十一月二十七日脳溢血の為逝去した享年四十七歳。
 明治二十五年十月十五日大阪に生る。大正三年東京美術学校に彫刻を学び、在学中より雑誌に挿絵漫画を執筆。同五年頃同士と赤鳥社を組織して絵画を発表し、又太平洋画会に抽象表現主義の作品を出品した。同八年コドモ雑誌の編集主任となり、又会社に入り、広告図案、装飾設計等に従った。同十年、一時、図案事務所を経営したが、後新聞社に入り漫画挿絵を担任、又美術批評を執筆しその傍ら雑誌「広告と陳列」(後に広告界)の編集に関与した。同十五年商業美術家協会を有志と共に創立し、その創作展を逐年東京府美術館に開催した。昭和三年現代商業美術全集の編集委員長となり、二ヵ年を費して二十四巻を完成、同四年銀座に商業美術研究所を創立した。その後、新聞社其他の商業美術関係諸事業に関係し、七年に戸塚町に商業美術構成塾を創立、塾生の指導に従って居た。著述は商業美術総論(アルス発行)、商業美術教本上下二巻(富山房発行)、商業美術教科書上下二巻(富山房発行)、商業美術大意及び読本(高陽書院発行)、商業美術講義(富山房発行)、商業美術構成原理(高陽書院発行)、商業美術教本二巻(富山房発行)、商業美術講座五巻(アトリエ社発行)等がある。

出 典:『日本美術年鑑』昭和14年版(112頁)
登録日:2014年10月27日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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