野口眞造

没年月日:1975/12/29
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 染色家で大彦染繍研究所長の野口眞造は、12月29日心筋梗ソクのため東京都世田谷区の自宅で死去した。享年83歳。明治25年2月11日東京日本橋の呉服商野口彦兵衛の次男として生れた。父彦兵衛は柴田是眞の薫陶を受け染織考案に一見識をもち、染色工場を経営し、ブロックプリントを創始し、英国へ手巾を輸出するなどし、交遊も学者、芸術家、芸能人等多方面に渉った。彼は、中学卒業後父の教をうけ、専ら染色の考案並に製作の仕事にたずさわった。一方大彦染色工場長として更沙、友仙染等技術的経験を重ね、父の没後昭和2年、大彦染繍美術研究所を設け、古代衣裳染色の研究及びその復原をし、昭和3年これを初めて華族会館に発表した。以後染色工芸の創作の仕事に従事し、昭和26年から10年間無形文化財審議会委員をつとめ、同42年勲四等瑞宝章を受章した。戸板女子短大名誉 教授、日本染色美術協会々長、社団法人日本きもの文化協会々長、日本風俗史学会顧問、日本工芸会監事などを歴任した。

出 典:『日本美術年鑑』昭和51年版(335頁)
登録日:2014年10月27日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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