河田貞

没年月日:2014/09/17
分野:, (学)

 奈良国立博物館名誉会員の河田貞は9月17日、急性心筋梗塞で死去した。享年79。
 1934(昭和9)年12月3日、宮城県に生まれる(本籍は多賀城市)。63年に東北大学大学院文学研究科美術史学修士課程修了ののち、東北大学文学部助手、サントリー美術館学芸員を経て、67年(昭和42)7月1日付で奈良国立博物館に着任、73年4月工芸室長となる。87年4月に学芸課長に昇任。1990(平成2)年3月に奈良国立博物館を辞すまで同館の工芸担当者として正倉院展ほかの重責を担うとともに、同館を研究活動の拠点とした。奈良国立博物館名誉会員。91年より92年まで帝塚山大学教養学部教授を務めた。
 河田の専門は日本古代・中世の漆工・螺鈿研究が中心であるが、関連分野としての文様研究はもとより、日本に留まらず広く東アジアを見据えた研究を行った。学術研究の成果として、単著には『絵馬(日本の美術92)』(至文堂、1974年)、『根来塗(同120)』(1976年)、『螺鈿(同211)』(1983年)、『仏舎利と経の荘厳(同280)』(1989年)、『黄金細工と金銅装(同445)』(2003年)、共著に『大和路―仏の国・寺の国 日本の道(1)』(毎日新聞社、1971年)、『弘法大師』(講談社、1973年)、『六大寺大観 西大寺』(岩波書店、1973年)、『春日大社釣灯籠』(八宝堂、1974年)、『日本の旅路 奈良 大仏造立―華麗な天平の遺宝』『同 正倉院の宝物―絹の道のロマン』(千趣会、1975年)、『当麻町史』(同町教育委員会、1975年)、『大和古寺大観4 新薬師寺・白毫寺・円成寺』(岩波書店、1977年)、『同5(秋篠寺・法華寺ほか)』(1978年)、『同7(海住山寺・岩船寺・浄瑠璃寺)』(1978年)、『同2(当麻寺)』(1978年)、『経塚遺宝』奈良国立博物館編(1977年)、『鎌倉室町の美術』(大日本インキ化学工業株式会社、1978年)、『法華寺(古寺巡礼)』(淡交社、1979年)、『新薬師寺(同)』(1979年)、『当麻寺(同)』(1979年)、『西大寺(同)』(1979年)、『興福寺(同)』(1979年)、『東大寺(同)』(1980年)、『法華経の美術』(佼正出版社、1981年)、『高野山のすべて』(講談社、1984年)、『仏舎利の荘厳』(同朋社、1983年)、『高麗・李朝の螺鈿』(毎日新聞社、1986年)、『法華経―写経と荘厳』(東京美術、1988年)、『釈尊の美術(仏教美術入門2)』(平凡社、1990年)、『御物 皇室の至宝』9(毎日新聞社、1992年)などがある。論文も多岐に及んでおり、「牛皮華鬘雑考―旧教王護国寺蔵品を中心として―」『MUSEUM』213(1968年)、「紫檀塗について」『同』318(1977年)、「春日宮曼荼羅舎利厨子と携帯用舎利厨子について」『同』335(1979年)、「正倉院宝物に関連する近年の新羅出土遺物」『同』369(1981年)「忍辱山円成寺の如法経所厨子―如法堂における十羅刹女・三十番神併座方式をめぐって―」『元興寺仏教民俗資料研究所年報』4(1971年)、「春日大社蒔絵笋の意匠」『染織春秋』61(1976年)、「日本における蓮文様の展開」『日本の文様』25(1976年)、「春日大社本殿の絵馬板について」『国宝・春日大社本殿修理工事報告書』(1977年)、「復元太鼓の彩色文様」『春日』20(1977年)、「春日赤童子と稚児文殊と」『同』25(1979年)、「仏舎利荘厳具編年資料(稿)」『一般研究(C)仏舎利荘厳具の研究 報告書』(1979年)、「正倉院宝物とシルクロード」『染織の美』7(1980年)、「称名寺の朱漆塗大花瓶台について」『三浦古文化』28(1980年)、「高麗螺鈿の技法的特色」『大和文華』70(1981年)、「慕帰絵詞にみる調度と器物」『慕帰絵(日本の美術187)』(1981年)、「正倉院宝物とシルクロード―多彩なる西域の影―」『太陽(正倉院シリーズ1)』(1981年)、「「根来」の美」『古美術』59(1981年)、「漆芸における切箔・切金技法」『サントリー美術館二十周年記念論文集』(1982年)、「仏舎利の荘厳・経の荘厳」『仏具大辞典』(1982年)、「和紙文化と仏教」『別冊太陽』40(1982年)、「X線透過写真による漆芸品の考察―仏教関係螺鈿遺品を中心として」『漆工史』3(1982年)、「神馬図絵馬について―春日大社本社神殿絵馬板を中心として―」『悠久』12(1983年)、「弘法大師ゆかりの工芸品」『古美術』67(1983年)、「韓国新安海底発見の遺物から―和鏡・漆絵椀・紫檀材―」『同』70(1984年)、「特別鑑賞 シルクロ-ド大文明展 シルクロ-ド・仏教美術伝来の道」『同』87(1988年)、「天平写経軸弘考」『日本文化史研究』7(1984年)、「二つの片輪車蒔絵螺鈿手箱」『國華』1098(1986年)、「法隆寺法会の楽器―聖霊会関係用具を中心に―」『法隆寺の至宝』10(小学館、1989年)、「長谷寺能満院に伝わる尋尊の四方殿舎利殿」『佛教藝術』86(1972年)、「法華経絵意匠の展開―平家納経経箱の装飾文を中心として―」『同』132(1980年)、「わが国上代の写経軸」『同』162(1985年)、「わが国仏舎利容器の祖形とその展開」『同』188(1990年)、「納経厨子と経櫃」『日本美術工芸』374(1969年)、「藤原時代のガラス(瑠璃)」『同』409(1974年)、「酒器「太鼓樽」」『同』512(1981年)、「シルクロ―ドの残英「金銀花盤」―今年の「正倉院展」から―」『同』614(1989年)、「天平の精華(2)―金銀鈿荘唐大刀と螺鈿紫檀琵琶― 第四十二回正倉院展にちなんで」『同』626(1990年)、「特集・正倉院展(下) 螺鈿紫檀五絃琵琶の語るもの」『同』638(1991年)、「特集・正倉院展(下)称徳天皇奉献の「狩猟文銀壷」」『同』650(1992年)、「正倉院「木画紫壇棊局」雑考」『同』662(1993年)、「「紫檀金鈿柄香炉」をめぐって」『同』674(1994年)、「高台寺蒔絵と桃山の室内装飾」『日本のルネッサンス(下)草月文化フォーラム』(1990年)、「Histolical Background of Japanese Urushi Techniques」『International Symposium on the Conservation and Restoration of Cultural Property - Conservation of Urushi Objects-』(1995年)、「古墳時代の馬具 朝鮮半島から倭国へ」『日本の国宝(週刊朝日百科)』35(1997年)、「瑞巌寺蔵水晶六角五輪塔仏舎利容器について」『東北歴史博物館研究紀要』1(2000年)、「藤原道長による金峯山埋経の荘厳」『帝塚山芸術文化』5(1998年)、「正倉院宝物にやどる国際性」『同』9(2002年)、「法華経の工芸」「高麗美術館研究講座・抄録 法隆寺再建時の仏教工芸品にみる百済・新羅の余映」『高麗美術館館報』87(2010年)など。このほか研究報告として、「調査報告1 玉虫厨子の調査から」『伊珂留我』2(1984年)、「上代における請来仏具の研究(中間報告)」『鹿島美術財団年報 平成2年度』(1991年)がある。また、奈良国立博物館外の展覧会に際して図録に総論・概説・特論を多く執筆している。すなわち「法華経の荘厳」『法華経の美術』(頴川美術館、1978年)、「山王信仰の美術」『山王信仰の美術』(同、1982年)、「西域のいぶき」「さまざまな供養具」『法隆寺 シルクロード仏教文化展』(1988年)、「シルクロードの息吹―法隆寺濫觴期の仏教工芸―」『法隆寺の世界 いま開く仏教文化の宝庫 開館10周年記念展』(大分県立宇佐風土記の丘歴史民俗資料、1991年)、「法隆寺における聖徳太子信仰遺品と江戸出開帳の霊仏・霊宝」『法隆寺秘宝―再現・元禄江戸出開帳―展』(サントリー美術館、1996年)、「国宝 梵鐘」『比叡山延暦寺の名宝と国宝梵鐘展』(佐川美術館、1999年)、「金色堂の荘厳」『国宝中尊寺 奥州藤原氏三代の黄金文化と義経の東下り』(同、2004年)、「中国国家博物館所蔵 盛唐期の工芸品と正倉院宝物」『中国国家博物館所蔵 隋唐の美術 正倉院宝物の故郷を辿る展』(同、2005年)などがそれである。そして、14年には愛知県陶磁美術館の企画展「高麗・李朝(朝鮮王朝)の工芸―陶磁器、漆器、金属器―」(会期8月23-10月26日)を監修し、好評を博したが、その開催中の他界となってしまった。

出 典:『日本美術年鑑』平成27年版(510-511頁)
登録日:2017年10月27日
更新日:2017年10月27日 (更新履歴)
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