高村規

没年月日:2014/08/13
分野:, (写)

 写真家の高村規は、8月13日心不全のため死去した。享年81。
 1933(昭和8)年5月15日東京市本郷区駒込林町(現、文京区千駄木)に生まれる。父は鋳金家高村豊周、祖父は彫刻家高村光雲、彫刻家で詩人の高村光太郎は伯父。58年日本大学芸術学部写真学科卒業。在学中の56年に高村光太郎が死去、翌年開催された「高村光太郎遺作展」(三越日本橋本店)のために、初めて光太郎の彫刻作品を撮影する。同じく57年に刊行された彫刻写真集『高村光太郎』(高村豊周他編、筑摩書房)の写真を担当、筑摩書房嘱託となり、雑誌『太陽』のグラビア撮影などを担当する。大学を卒業した58年より伊藤憲治デザインルームに勤務、59年よりフリーランスとなる。広告やファッションなど幅広い仕事を手掛ける一方、日本広告写真家協会には設立初期より加わり、後に同協会副会長(1985-89年)、会長(1998-2002年)を歴任、日本写真協会理事(1999-2003年)を務めるなど写真業界団体における活動にも尽力した。また71年より長く金沢美術工芸大学で非常勤講師として教鞭を執った。
 美術作品の撮影にも取り組み、とくに全作品の撮影を担当した『高村光太郎彫刻全作品』(六耀社、1979年)や『光太郎と智恵子』(共著、新潮社、1995年)などの高村光太郎・智恵子夫妻に関する写真の仕事の他、父、祖父の仕事を集成する『高村豊周作品集 鋳』(筑摩書房、1981年)、『高村規全撮影 木彫 高村光雲』(中教出版、1999年)などの写真集を上梓、また「高村光太郎 彫刻の世界」展(銀座和光、1981年)、「光太郎の巴里」(キヤノンサロン、東京、大阪、福岡他、1989年)、「木彫 高村光雲」(文京シビックセンター、2003年)などの個展を開催するなど、高村家の芸術家をめぐる撮影をライフワークとして数多く手掛け、75年以来、高村光太郎記念会理事長も務めた。
 2004(平成16)年旭日小綬章を受章。また同年文京区区民栄誉賞を受賞した。

出 典:『日本美術年鑑』平成27年版(507頁)
登録日:2017年10月27日
更新日:2017年10月27日 (更新履歴)
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