鈴木雅也(三代鈴木表朔)

没年月日:2013/10/07
分野:, (工)

 漆芸家の鈴木雅也は10月7日午後10時47分、京都市左京区の病院で死去した。享年81。
 1932(昭和7)年2月26日、父貞次(二代表朔)の長男として京都市中京区に生まれる。生家は祖父の初代表朔(1874-1943)、父の二代表朔(1905-1991)と続く京塗師の家系。幼い頃から父に塗りの基本を学び、44年に京都市立美術工芸学校(現、京都市立銅駝美術工芸高等学校、学制改革のため卒業時の校名は京都市立日吉ヶ丘高等学校)漆工科に入学。卒業制作では第1席(学校賞)を受賞。50年に同校を卒業後、東京芸術大学美術学部に入学。漆芸科では松田権六らの指導を受け、家業である伝統的な塗りの仕事とは異なる表現を学ぶ。53年、卒業制作の「こでまり草の図・棚」を第9回日展に出品し、在学中に初入選を果たす。さらに専攻科に進み55年修了、日展を中心に出品、入選を重ねる。64年第3回日本現代工芸美術近畿展で京都府知事賞、66年京展で市長賞を受賞。68年、漆の新たな表現の可能性を目指し、京都にて伊藤祐司、服部俊夫(現、峻昇)らとともに若手の漆芸作家によるグループ「フォルメ」を結成、実験的な創作に取り組む。72年第11回日本現代工芸美術展で「オブジェ 連鎖するかたち」が現代工芸賞、翌73年の第5回日展で「連鎖するかたち」が特選となる。凹凸をつけた透明なアクリル樹脂の胎に不透明な漆を塗り重ね、両方の素材の特性を活かしたもので、新素材による斬新な視覚効果をねらった漆造形は高く評価された。77年、明日をひらく日本新工芸展で「森の函」が箱根彫刻の森美術館賞を受賞、翌78年には京都市芸術新人賞を受賞。この頃から抽象的な造形作品は、次第に自然を題材にした具象的な作品へと変化し、古典的な画題を現代の感性で再解釈し新たな表現を追求した。明るい色調の彩漆を何度も塗り重ねた上に、蒔絵、螺鈿、卵殻を組み合わせ、光や波、咲き誇る花々などを大胆にデザイン化した作品が多い。一方で棗や香合などの伝統的な器物や道具類の制作も続けた。88年京都府立文化博物館の新築にあたり、歴史展示室の造形演出作品の企画および制作を担当。1989(平成元)年には30年間の代表作を収録した『繚乱の漆芸 鈴木雅也作品集』(ふたば書房)を出版。92年三代表朔を襲名。93年第3回日工会展に「透胎 こすもすのはこ」を出品、内閣総理大臣賞を受賞。同年、圓山記念日本工藝美術館にて「繚乱の漆芸・鈴木雅也の世界展」を開催。96年に京都府文化賞功労賞、98年に京都市芸術功労賞を受賞。2011年第43回日展で「函・風光る」が内閣総理大臣賞となる。日展参与、日工会代表、京都工芸美術作家協会理事長などを務め、後進の育成にも尽力した。主な所蔵先は東京国立近代美術館、京都国立近代美術館、ヴィクトリア&アルバート美術館(イギリス)、シアトル美術館(アメリカ)など。

出 典:『日本美術年鑑』平成26年版(466頁)
登録日:2016年09月05日
更新日:2016年09月05日 (更新履歴)
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