日野耕之祐 (ひのこうのすけ)

没年月日:20130/9/03
分野:, (洋)

 洋画家の日野耕之祐は9月3日、死去した。享年88。
 1925(大正14)年4月9日、福岡県に生まれる。1948(昭和23)年日本美術学校洋画科卒業、林武に師事する。同校在学中に時事新報社に入社して美術を担当、その後産経新聞社に移り美術記者として活躍。その一方で絵画制作も続け、58年第44回光風会展に「道」「丘の家」を出品しプールブ賞を受賞、63年会員となる。62年、評論家の柳亮や田近憲三らの応援を得て具象研究会を発足、機関誌『具象』を発刊するなど、抽象が主流であった現代美術への抵抗を示す。62年第5回新日展に「河口」が初入選。以後日展にも出品を続け、67年第10回新日展で「落合晩秋」、70年改組第2回日展で「北の海」が特選を得て、76年会員となる。師の林武への共感からペインティングナイフを多用した重厚なマティエールを基調に、何の変哲もない自然や室内の一角を黄で描き出した作品、そして青を主色とする具象的な心象構成へと画風を展開させた。76年日展傘下の日洋会発足にあたり運営委員となる。83年に洋画と日本画の両方を対象として発足した上野の森美術館大賞展には企画の段階から参加し、その審査員を毎回務める。1989(平成元)年より高松宮殿下記念世界文化賞絵画部門選考委員を務める。94年彫刻の森美術館で「日野耕之祐1950-1994展 新しい具象への熱い軌跡」が開催。98年には永年の美術評論家・洋画家の活動に対して文化庁長官表彰を受けた。
 主な著書は以下の通りである。
『美術記者十五年』(日本美術社分室、1962年)
『具象ノート』(美術報知社、1964年)
『東京百景』(三彩社、1967年)
『美を訪ねて』(日本美術社、1971年)

出 典:『日本美術年鑑』平成26年版(463頁)
登録日:2016年09月05日
更新日:2019年02月13日 (更新履歴)
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