管洋志

没年月日:2013/04/10
分野:, (写)

 写真家の管洋志は、4月10日大腸がんのため死去した。享年67。
 1945(昭和20)年7月9日福岡県福岡市に生れる。68年日本大学芸術学部写真学科卒業。大学の先輩にあたる木村惠一と熊切圭介の協同事務所K2で約一年間アシスタントを務める。69年より約一年半ネパールに滞在、同地で中国からのチベット族の難民を取材し、帰国後、初の個展「チベット難民」(銀座ニコンサロン、1970年)を開催した。以降もアジア各地での撮影を重ねるとともに、アジアの人と風土へのまなざしの原点として、自身の原体験でもある故郷福岡の博多祇園山笠の撮影にとりくんだ。83年、写真集『博多祇園山笠』(講談社)、『魔界 天界 不思議界 バリ』(講談社)を刊行。84年には一連のアジア取材の成果として雑誌に発表された「戦火くすぶるアンコールワット」他の作品により第15回講談社出版文化賞写真賞を受賞した。87年には写真集『バリ・超夢幻界』(旺文社、1987年)で第6回土門拳賞を受賞、1998(平成10)年には写真集『ミャンマー黄金』(東方出版、1997年)で第14回東川賞国内作家賞を受賞した。
 日本国内およびアジア各地での取材対象は、背後にあるアジア共通のコスモロジーへの関心を基盤としつつ、土地ごとの自然や風土に根ざした人々の生活や信仰、祭礼など多岐に及び、カラーフィルムを駆使した独特の色彩の写真による作品世界を構築した。アジアをめぐる取材を重ねる一方で、児童福祉施設や盲学校などに取材した子供たちをめぐる仕事にも長年にわたってライフワークとしてとりくんだ。また母校日本大学の客員教授、ニッコールクラブ顧問などを歴任し、後進やアマチュア写真家の指導にあたるとともに、2000年日本写真家協会の常務理事に就任、企画担当として同協会主催の「日本の子ども60年」(東京都写真美術館、2005年、以降海外各地を巡回)、「生きる―東日本大震災から一年」(富士フォトギャラリー新宿、2012年、仙台およびドイツ・ケルンに巡回)などの企画運営に尽力した。
 死去の翌年、長く顧問を務めたニコンサロンで遺作展「一瞬のアジア people and nature in harmony」(銀座ニコンサロン、大阪ニコンサロン、2014年)が開催された。

出 典:『日本美術年鑑』平成26年版(453頁)
登録日:2016年09月05日
更新日:2016年09月05日 (更新履歴)
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