今道友信

没年月日:2012/10/13
分野:, (学)

 東京大学名誉教授で哲学者・美学者の今道友信は10月13日、大腸がんのため死去した。享年89。
 1922(大正11)年11月19日、東京に生まれる。41年、旧制成城高等学校入学。安部公房、小野信彌、河竹登志夫らと知り合い、校友会誌『城』に「タルソの明るい星―聖パウロの神学―」(1941年)「アウグスチヌスの認識論」(1942年)を寄稿する。42年、教員たちと衝突し退学処分となる。43年、旧制第一高等学校入学。当時の校長安倍能成による自由な校風のもとで学ぶ。また、学外では上智大学のイエズス会修道院に通いカトリックについて勉強を続ける。45年、法学部への進学を望む父を説得し、東京大学文学部哲学科に入学。出隆に師事。同時期には、後に哲学者となる平林康之、山本信、茅野良男、熊谷直男、大森荘蔵、所雄章のほか、渡邉恒雄や森本哲郎が在籍していた。戦争がはげしくなる中、今道は戦時特別受業学生に選ばれて徴兵を免除され、大学に残って勉学に没頭する。48年、東京大学文学部卒業。53年、東京大学大学院特別研究生修了。55年、ヨーロッパに渡り、ヴュルツブルグ大学やパリ大学で講師を務める。56年9月、ヴェネツィアで行われた戦後最初の国際美学会で「美学の現代的課題」と題した発表を行い、国際的な評価を得る。58年に帰国し、九州大学文学部助教授に着任。62年、東京大学文学部助教授。68年、ドイツの大学での講義をもとに『Betrachtungen uber das Eine』を執筆。中国哲学史を体系的に論じた本書は、原稿段階でシュルティエ賞による出版助成を得て、東京大学文学部より刊行された。同年には『美の位相と芸術』も刊行しており、これらを以て教授に任ぜられる。また、この年には国際美学会副会長にも選出されている。73年、ヴァルナで行われた第14回世界哲学大会の基調講演で、民族や国家単位の倫理ではなく、人類全体の生圏(エコ)全体に及ぶ普遍的な倫理体系を目指す新しい倫理学「エコエティカ」を提唱。これは今道のライフワークのひとつとなる。82年、哲学美学比較研究国際センター設立。83年に東京大学を退官する際には、これを記念して『美学史論叢』が刊行された。その後も、放送大学、清泉女子大学、英知大学(のちに聖トマス大学と改称)などで教鞭をとるかたわら、精力的に研究・執筆をつづける。86年、紫綬褒章。1993(平成5)年、勲三等旭日中綬章。2003年、『ダンテ『神曲』講義』でマルコ・ポーロ賞。30年以上前の『美の位相と芸術』の続編として刊行された『美の存立と生成』で、07年に和辻哲郎文化賞。
 確かな文献学的研究に裏打ちされた広範な知識は、古代ギリシア・ラテンから現代におよぶ西洋哲学のみならず東洋の思想にまで及び、その知識に基づいた独自の形而上学的思索による体系的研究によって多大な業績を残した。欧米での知名度が日本のそれを上回るとさえ言われるほどに国際的な哲学研究の舞台でも活躍し、国際美学会副会長、パリ哲学国際研究所所長、国際形而上学会会長などを歴任した。教育者としては、古典の文献学的研究の重要性を徹底し、現在の日本の美学界を牽引する優れた研究者たちを輩出した。また、『美学史研究叢書』(全7輯、1971~82年)、『講座美学』(全5巻、1984~85年)の編纂によって美学および美学史の研究状況の全体像を示し、その後の美学研究者にとっての礎石となる仕事を成した。
上記以外の主な著作
『同一性の自己塑性』(東京大学出版会、1971年)
『美について』(講談社現代新書、1973年)
『アリストテレス』(講談社、1980年)
『東洋の美学』(TBSブリタニカ、1980年)
『現代の思想 二十世紀後半の哲学』(日本放送出版協会、1985年)
『西洋哲学史』(講談社学術文庫、1987年)
『エコエティカ 生圏倫理学入門』(講談社学術文庫、1990年)
『知の光を求めて 一哲学者の歩んだ道』(中央公論新社、2000年)
『出会いの輝き』(女子パウロ会、2005年)
『超越への指標』(ピナケス出版、2008年)
『中世の哲学』(岩波書店、2010年)
今道友信わが哲学を語る』(かまくら春秋社、2010年)

出 典:『日本美術年鑑』平成25年版(419-420頁)
登録日:2015年12月14日
更新日:2016年08月09日 (更新履歴)
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