白洲正子

没年月日:1998/12/26
分野:, (美関)

 能や美術工芸についての執筆活動で知られる白洲正子は12月26日午前6時21分、肺炎のため東京都千代田区の病院で死去した。享年88。明治43(1910)年1月7日、樺山伯爵家の二女として東京で生まれる。4歳から梅若宗家に能を習い、14歳で女人禁制だった能楽堂の舞台に女性として初めて立った。大正13(1924)年学習院女子部初等科を修了後、米国に留学。昭和3(1928)年に帰国しその翌年、実業家で後に吉田茂首相の側近となる白洲次郎と結婚。同18年、志賀直哉や柳宗悦らに勧められ『お能』(昭和刊行会)を処女出版。この頃から終戦直後まで細川護立に中国古陶磁の鑑賞の仕方を教わり、数々の骨董屋を紹介される。戦後は美術評論家の青山二郎を中心とした文化人グループの中で、小林秀雄、河上徹太郎らから文学や骨董の指導を受け、美に対する情熱と鋭い鑑識眼で、芸術・芸能を大胆に論じた随筆、紀行文を数多く残した。同30年、銀座の染織工芸店「こうげい」の開店に協力、翌年より同45年まで直接経営にあたり、多くの染織作家を発掘する。同39年『能面』(求龍堂)、同47年『かくれ里』(同46年 新潮社)で二度読売文学賞を受賞。美術工芸に関する著作としては、他に『十一面観音巡礼』(新潮社 昭和50年)、『日本のたくみ』(新潮社 昭和56年)、『白洲正子 私の骨董』(求龍堂 平成7年)。

出 典:『日本美術年鑑』平成11年版(427-428頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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