村松貞次郎

没年月日:1997/08/29
分野:, (学)

 東京大学名誉教授で博物館明治村館長の建築史家村松貞次郎は8月29日午前5時52分、心不全のため千葉市中央区の病院で死去した。享年73。大正13(1924)年6月30日静岡県清水市の材木屋の次男として生まれる。昭和17(1942)年静岡県立静岡工業学校機械科を卒業。同20年旧制第八高等学校理科甲類を卒業し、同年東京帝国大学第二工学部建築学科に入学した。同23年東京大学第二工学部建築学科を卒業して東京大学大学院(旧制)に入学、特別研究生に選ばれる。同28年3月同大学院を修了し、同年4月から東京大学工学部建築学科助手をつとめる。同36年同大学生産技術研究所助教授となり、同年東京大学より工学博士の学位を授与される。同48年『大工道具の歴史』(岩波新書)を刊行し、これにより毎日出版文化賞を受賞。同49年同大学教授となり、同60年3月に停年退官するまで教鞭を取った。この間、幕末、明治から昭和までの日本近代建築の全国調査に尽力し、その成果を戦前の洋風建築の戸籍台帳にあたる『日本近代建築総覧』(昭和55年)に結実させるとともに、高度経済成長によって消えつつあった近代建築物の保存運動の原動力となった。同59年日本建築学会業賞を受賞。東京大学退官後は同60年4月より法政大学工学部教授となり、引き続き後進の指導にあたった。同年東京大学名誉教授の称号を受ける。また、同56年より博物館明治村評議員をつとめ、同60年財団法人明治村理事となった。同63年明治村賞受賞。平成3年6月から博物館明治村館長となって、建造物の外観保存だけでなく、建築内部の復元展示などの新機軸を打ちだした。また、昭和63年からは迎賓館赤坂離宮顧問を、平成元(1989)年からは竹中大工道具館理事もつとめた。平成6年日本建築学会大賞受賞。同7年法政大学教授を退任する。「手考足思」を提唱し、実地に足を運び、実際の建造物にあたっての調査・研究を進め、また、道具や職人技を重視して『道具曼荼羅 全3巻』(毎日新聞社 昭和51年)、『やわらかいものへの視点』(岩波書店 平成6年)、『道具と手仕事』(岩波書店 平成9年)などを著した。著書にはほかに、『日本建築技術史』(地人書館 昭和34年)、『建築史学』(『建築学大系』37巻 彰国社 昭和37年)、『日本科学技術大系 17巻 建築技術』(第一法規 昭和39年)、『日本建築家山脈』(鹿島出版会 昭和40年)、『日本近代建築の歴史』(NHKブックス 昭和52年)などがある。

出 典:『日本美術年鑑』平成10年版(399頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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