石川陸郎

没年月日:1997/06/28
分野:, (美,関)
読み:いしかわりくお

 東京国立博物館保存修復管理官の石川陸郎は6月28日午後3時20分、転倒による頭蓋内損傷のため東京都新宿区の病院で死去した。享年61。昭和11(1936)年4月10日、東京池袋に生まれる。同18年東京市池袋第六国民学校に入学するが、戦火による校舎焼失のため同校が廃校になり、同21年より池袋第二小学校に通う。同24年同校を卒業して東京都豊島区立池袋中学校に入学。同27年同校を卒業。同30年東京都立北高校を卒業し、同31年東京理科大学Ⅱ部理学部化学科に入学する。翌32年東京国立文化財研究所技術補佐員に採用され、物理研究室でX線撮影の研究に従事し、同年同所保存科学部の登石健三と共著で「日本魔鏡の一例」(『古文化財之科学』第15号)を発表。同34年から鎌倉大仏修復にともなうガンマー線撮影等に従事し、その後も、各地の古社寺の建造物や所蔵品の光学的調査を行った。同37年4月同研究所保存科学部物理研究室に配置換えとなる。同39年東京理科大学Ⅱ部理学部化学科を卒業。同年7月同研究所保存科学部文部技官に任官される。同41年に博物館の展示照明および博物館環境の研究を開始し、同40年代後半から多くなった美術館博物館の新設に伴い、その環境調査を実施した。同50年赤外線テレビカメラを文化財調査に応用し、これが後の漆紙文書の発見につながった。同54年10月同所保存科学部主任研究官となり、平成5(1993)年4月東京国立博物館学芸部保存修復管理官に任ぜられた。同6年3月末まで東京国立文化財研究所保存科学部と併任した。同年東京国立博物館平成館が着工されると、保存科学の立場から展示室・収蔵庫の保存環境整備設計に関与した。温室度、照明、PHなど多様な観点から理想的な博物館・美術館の保存・展示環境を考察し、130余館へ助言、協力を行った。また、東京国立文化財研究所主催による博物館美術館等保存担当学芸員実習を担当し、保存科学の教育・普及につとめたほか、平成8年から日本大学文理学部非常勤講師として保存科学概論を講じた。平成3年には韓国国立文化財研究所の招へいにより博物館環境に関する研究交流を行うなど、国際的にも活動した。主な調査に、昭和45年国宝如庵の解体移築に伴う解体前の構造および腐朽状態調査、同62年中尊寺金色堂の環境調査などがある。没後、『石川陸郎遺稿集』(石川陸郎遺稿集刊行会 平成10年6月)が刊行されている。

出 典:『日本美術年鑑』平成10年版(396-397頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2023年09月25日 (更新履歴)

引用の際は、クレジットを明記ください。
例)「石川陸郎」『日本美術年鑑』平成10年版(396-397頁)
例)「石川陸郎 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/10696.html(閲覧日 2024-04-25)
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