久野真

没年月日:1998/08/22
分野:, (美)

 美術家の久野真は8月22日午前9時、前立腺がんのため名古屋市の自宅で死去した。享年77。大正10(1921)年3月3日、名古屋市に生まれる。昭和18(1943)年東京高等師範学校芸能科(現筑波大学)を卒業。同27年より新制作協会を発表の場とし、石膏による作品で話題を呼ぶ。しかしその素材の速効性に対し次第に疑問をもつようになり、同33年頃から鉄を主体に石膏や布、特種染料等の多彩な材料を用いた作品を手掛けることになる。同34年の第23回新制作協会展では新作家賞を受賞するも、翌年第24回展への出品を最後に同会を退会、その一方で同34年のイタリアでのプレミオ・リソーネ国際美術展への招待出品、同36年のアメリカのカーネギー財団主催によるピッツバーグ国際美術展への招待出品、同38年のロンドンの画廊マクロバート&タナードでの個展開催、同39年のアメリカ美術連盟主催による現代日本絵画彫刻展への招待出品と、東京画廊の支援を受けながら海外で作品を発表するようになる。同41年から翌年にかけてロックフェラー財団運営のジャパン・ソサエティの奨学金を得てニューヨークに研究滞在、帰国後はニューヨークで得た自由の精神を日本で試そうと考え、一時期金属から離れてナイロンやポリウレタンフォーム、発砲スチロールなどの合成樹脂を素材とした立体作品の仕事に取り組む。しかし同47年の個展から再び金属による作品を制作、使用する鉄も極力情感を排除するために錆びにくく一定の表情を保つステンレススチールを採用し、画面も鋭角的な線による突出感を強調するような幾何学形態を不連続で不安定な構図のなかに配置した作品を創り出した。その後窓枠のような矩形を少しづづずらしながら二重三重に重ね合わせた立体的構造の作品を経て、同60年代にはかつて情感を排除すべく用いることのなかった曲線を表現のなかに復活させ、題名も「長い手紙-0」のような前にはない具体的な名称をつけるなど新たな展開をみせていた。平成10(1998)年には愛知県美術館にて「久野真・庄司達展 鉄の絵画と布の彫刻」が開催されている。

出 典:『日本美術年鑑』平成11年版(423頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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