安保健二

没年月日:1994/12/29
分野:, (洋)

 新制作協会会員の洋画家安保健二は12月29日午前1時30分、心不全のため横浜市鶴見区東寺尾中台の自宅で死去した。享年72。大正11(1922)年3月22日愛媛県新居浜に生まれる。昭和6(1931)年、横浜に移り住む。神奈川県立川崎中学校在学中、同校の美術部で小関利雄に師事。のち佐藤敬のアトリエで開かれていたデッサン会に通う。同17年東京美術学校油画科に入学。翌年学徒出陣し、同20年終戦をむかえて復学。同21年第1回日展に「S嬢の像」で初入選。同23年東京美術学校を卒業。同校では寺内萬治郎小磯良平に師事した。同24年第13回新制作協会展に「黒人兵」で初入選。同27年第16回同展に「トラックと鉄屑」「壊れた自動車」を出品して新制作協会新作家賞を受賞。この頃から同30年代にかけて、工場や埋め立て地等、高度経済成長により変化していく景観をとらえている。やがて破船や船の骨組みをモティーフに、画面構成の力強い作風へと移行。同41年新制作協会会員となる。同43、44年安井賞展に出品。同47年、美術教育法研修のため渡米。同49年、英、仏に、同52年スペイン、ポルトガルに旅行。同58年ギリシャ、フランスへ、同59年スペイン、同60年フランスへ赴く。同61年オランダ、ベルギーに同62年ユーゴスラヴィアに旅行。平成元(1989)年横浜市民ギャラリーで「安保健二自選展」が開かれた。船、海、港の風景を好んで描き、おだやかで静かな趣のある作風を示した。

出 典:『日本美術年鑑』平成7年版(360頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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