ベル・串田

没年月日:1994/12/02
分野:, (洋)

 二科会理事の洋画家ベル・串田は12月2日午前5時20分心不全のため岡山市の病院で死去した。享年81。大正2(1913)年11月20日岡山県上道郡金田村(現・岡山市金田)に串田千尋、金子の長男として生まれる。本名串田岩彦。生家は祖父の代から金田村村長をつとめていた。岡山大学教育学部の前身である岡山師範学校技能科美術部を卒業し、高等女学校教諭となる。同10年より3年聞にわたり満州、朝鮮、中国をめぐる。昭和13(1938)年第25回二科展に「少女仮睡図」で初入選したのを機に退職し、画家を志して藤田嗣治東郷青児に師事する。戦後も二科展に出品し、昭和25(1950)年第35回二科展に「お話し」「郷愁」を出品して特待となる。同32年渡仏。同36年および37年に渡米。同38年同展に「あはれ文化」を出品して同会会友に推挙される。同36年第46回同展に「田園詩集」を出品し同会会員に推される。同38年第48回同展に「ニューヨークサーカス」「ハワイアンパラダイス」を出品して会員努力賞を受賞。同41年アメリカ、オランダ、スイス、スペイン、フランスを訪れ制作。同42年フランスを経てニューヨークに渡り制作。同44年ニューヨーク、シカゴ、ニース、カンヌに渡り制作する。同48年第58回同展に「日本讃歌」を出品して同会総理大臣賞を受賞する。以後も、欧米、オーストラリア等を訪れて制作。同55年二科会監事、同59年同会理事となった。画中に蝶を描くことを好み、すべらかなマティエール、明快な彩色で風景、人物を描き、時に童画風の作風を示した。

出 典:『日本美術年鑑』平成7年版(358頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
to page top