阪口一草

没年月日:1997/08/19
分野:, (日)

 日本画家の阪口一草は8月19日午後5時35分、急性肺水腫のため東京都町田市の病院で死去した。享年95。明治35(1902)年2月28日、大阪市港区に生まれる。本名政次郎。初め友人の竹内未明らが絵を描くのに刺激され、大正6(1917)年藤田紫雨に手ほどきを受けた。翌7年上京し、新聞配達などをしながら一年ほど太平洋画会研究所に通う。9年御形塾に入り川端龍子に師事。昭和2(1927)年第14回院展に「静閑」が初入選するが、翌3年龍子の院展脱退に際してこれに随伴、青龍社結成に参加する。 翌年第1回青龍社展に「新粧」「雨煙る」を出品、昭和6年第3回展に「炎風」「爽風」を出品し、社人となる。以後塾頭もつとめ、同16年第13回「大仏寺」、同19年第16回「潮を待つ」、同24年第21回「千手観世音」などの大作を発表。洋画的表現もとりいれながら豪快な作風を展開した。しかし同25年愛娘を失ったことに端を発して龍子と意見を違え、青龍社を脱退。日展出品ののち、32年新興美術院に移り、同34年には同志と青炎会を結成、以後57年に解散するまで毎年展覧会を開催し、また同50年より日本画院の客員となった。なお姓は昭和31年頃まで“坂口”を使用、その後戸籍の記載に従い、“阪口”を用いた。

出 典:『日本美術年鑑』平成10年版(398頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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