三坂耿一郎

没年月日:1995/08/03
分野:, (彫)

 日本芸術院会員で日展顧問の彫刻家三坂耿一郎は8月3日午後4時55分腎うしゅようのため東京都田無市の佐々総合病院で死去した。享年87。明治41(1908)年5月26日福島県郡山市湖南町に生まれる。本名政治(まさじ)。昭和4(1929)年私立郁文館中学校を卒業。東京美術学校彫刻科に入り、朝倉文夫北村西望建畠大夢らに師事する。同12年同校を卒業して、同校彫刻研究科に進学、同年第1回新文展に「若い女」で初入選し、以後官展に出品を続ける。同14年研究科を修了。同15年より清水多嘉示に師事する。戦後も日展に出品し、同32年第13回日展に「渺〔はるか)」を出品して特選、翌33年第1回社団法人日展に「気流」を出品して二年連続特選となり同35年日展会員に推挙される。同41年イタリアへ渡って彫刻を研究。同43年銀座資生堂で初個展を開く。同45年改組第2回日展に「布」を出品して桂花賞受賞。同46年日展評議員となる。同47年改組第4回日展に「フォルム1」を出品して文部大臣賞受賞。同48年再度渡欧。同50年銀座資生堂で個展を開催した。同53年第2回新日展に「壺中天」を出品して日本芸術院賞を受賞し同61年日本芸術院会員となった。日常的で身近なポーズの女性像を得意とし、表面に孔をうがっていく隙孔表現によって作者の制作の跡の看取される素朴さのただよう作品を制作した。

出 典:『日本美術年鑑』平成8年版(323頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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