西岡常一

没年月日:1995/04/11
分野:, (建)

 文化功労者で、文化財選定保存技術保持者の宮大工棟梁西岡常ーは、4月11日午前5時55分、前立腺がんのため奈良県生駒郡三郷町の奈良県立三室病院で死去した。享年86。明治41(1908)年9月4目、法隆寺棟梁西岡常吉の孫として、父楢光、母つぎとの聞に生まれた。大正14(1924)年、生駒農学校を卒業、祖父を師に大工見習となる。兵役の後、昭和6(1931)年に橿原神宮拝殿新築工事で父の代理棟梁をつとめた。同年、法隆寺西室修理工事で大工をつとめ、また法隆寺五重塔十分の一の学術模型を制作(東京国立博物館蔵)。同8年、法隆寺昭和大修理のための修理設計実測にあたり、翌年東院礼堂解体修理で初めて棟梁となった。同18年、五重塔の解体調査にあたり、ひきつづき解体部材の復元につとめた。同24年法隆寺金堂全焼にあたり、下層を新材で、上層を解体により難を免れた古材で復元するにあたり、その棟梁をつとめた。同42から50年まで、落雷により焼失していた法輪寺三重塔の再建にあたった。また同45年からは、薬師寺にまねかれ、同寺の伽藍を創建当時の姿に復興する事業に参加、東塔を参考にしながら西塔を復元、またあらたに三蔵院建立にたずさわった。同49年には、父子で吉川英治文化賞を受賞。同52年には、文化財選定保存技術保持者に指定され、平成4(1992)年には、文化功労者に選ばれた。法隆寺に伝わる飛鳥時代の木匠の技を継承する「最後の宮大工」といわれた。

出 典:『日本美術年鑑』平成8年版(317頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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