寺井直次

没年月日:1998/03/21
分野:, (工)

 人間国宝(重要無形文化財保持者)の漆芸家寺井直次は3月21日午後0時55分、内臓疾患のため金沢市の病院で死去した。享年85。大正元(1912)年12月1日、金沢市の鍛冶職で金物商を営む家に生まれる。昭和5(1930)年石川県立工業学校漆工科描金部を卒業し、東京美術学校工芸科漆工部に入学、六角紫水松田権六山崎覚太郎らの指導を受ける。また在学中に日本画を金沢出身の画家田村彩天に学び、その後の工芸意匠案出の糧とする。同10年同学校を卒業、乾漆による卒業制作の「鵜文様飾筥」は翌年の改組第1回帝展に初入選するが、展覧会活動は以後しばらく休止し、財団法人理化学研究所に勤務しながらアルミを素地にした金胎漆器の技術の開発に専念した。同16年からは輸出漆器生産のため同研究所の静岡工場に工芸部長として赴任、同16年からは副工業長を勤める。戦後は依願退職して金沢に帰り、鶏などの卵の殻を細かく割り、その一つ一つを張り合わせて、柔らかな量感に富む蒔絵の卵殻技法に工夫を重ねた。創作活動再出発の第一作として卵殻を用いた「双鳩模様手筥」を制作、これが同21年の第1回日展に入選する。同23年第4回日展《鷺之図小屏風》、および同30年第 12回展に「極光」二曲屏風で特選を、 同29年第11回日展に「雷鳥の図箱」で北斗賞を受賞、同32年には日展会員となる。同25年より47年まで石川県立工業学校漆工科教諭となる。同30年からは日本伝統工芸展に出品し、主として鶉の卵殻を用いた、より繊細で華麗な作品を発表、同35年には同会理事に就任する。同43年北国文化賞、同45年金沢市文化賞を受賞。同47年石川県立輪島漆芸技術研修所初代所長となるが、翌年辞任、以後はかつて理化学研究所で研究していた金胎漆器の制作に再び取り組むようになる。同52年加賀蒔絵で石川県指定無形文化財保持者に認定。同58年に勲四等瑞宝章を受章。同60年、蒔絵で重要無形文化財保持者(人間国宝)に指定、同年社団法人日本漆工協会功労賞を受賞。同63年文化庁工芸技術記録映画「蒔絵 寺井直次の卵殻のわざ」完成。平成元(1989)年中日文化賞を受賞。同4年新東京国際空港の貴賓室にかかげる漆額「極光(オーロラ)」を作成。同5年『寺井直次作品集』(能登印刷出版部)刊行。同6年石川県立美術館で「蒔絵・人間国宝 寺井直次の世界」展が開催された。

出 典:『日本美術年鑑』平成11年版(421頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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