粟辻博

没年月日:1995/05/05
分野:, (デザイン)

 多摩美術大学教授で染織デザイナーの粟辻博は5月5日午前1時22分肝不全のため東京都新宿区の病院で死去した。享年65。昭和4(1929)年7月20日、京都市上京区猪熊通元誓願寺下ルに生まれる。同25年京都市立美術専門学校(現京都芸術大学)を卒業し、鐘淵紡績意匠室に入社する。同33年同社を退き、独立。同38年フジエテキスタイルのデザインを初め、同46年毎日新聞社毎日産業デザイン賞準賞を受賞。翌年日本インテリア協会賞を受賞する。同49年米国でのナショナル・コントラクト・プロダクツ展で一席となり、同53年にはポーランドで開催されたテキスタイル・トリエンナーレで銀賞を受賞する。公共建築内のタベストリーなどを手がけ、国際的に活躍。同53年多摩美術大学教授となり、また同年ギャラリー問で、「粟辻博の自立した表層」展を開催した。平成2(1990)年作品集『粟辻博のテキスタイル・デザイン』を刊行。同4年米国で開催されたIDアニュアル・デサイン・レビューで金賞を受賞し、また同年国際テキスタイル・コンペティションで佳作賞を受賞。没年にあたる同7年には第22回国井喜太郎産業工芸賞を受賞した。代表作に京王プラザホテルのエントランスホールやグリルなどのタペストリー、大正本社ビルレセプションホールのタペストリー等がある。

出 典:『日本美術年鑑』平成8年版(320頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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