河口楽土

没年月日:1991/04/27
分野:, (日)

 日本南画院会長、日本自由画壇理事長の日本画家河口楽土は、4月27日午前2時半、心不全のため東京都狛江市の自宅で死去した。享年92。明治31(1898)年8月12日徳島県池田町で生まれ、本名喜代市。38年、住んでいた香川県多度津から一家で神戸に転居、神戸貿易商業、神戸英清高等英語科に学ぶ。初め洋画を志し、神戸から大阪の天彩学舎に通い松原三五郎に手ほどきを受けるが、大正元年富岡鉄斎の知遇を得てその薫陶も受けた。同10年大阪美術学校を卒業し、さらに日本大学で皇学を学ぶ。11年香川県立丸亀中学校に勤務、図画を教えるが、翌12年四国を遊歴中の橋本関雪に会い、関雪に師事、虚船と号し、日本画に専心する。昭和6年大阪松蔭女子大学の美術講師となり、翌7年矢野橋村小松均らと乾坤社を結成する。この間、同5年第11回帝展に「雪眺」(号中門)が初入選し、この頃から日本南画院、新興南画院、墨人会(小杉放庵主宰)などにも出品。11年文展鑑査展にも「箕面溪流」(号虚船)が入選している。15年上京し、翌年小室翠雲が結成した大東南宗院に参加、審査員をつとめる。戦後、昭和35年河野秋邨らとともに日本南画院を再興、50年には日本自由画壇を結成し、平成3年から日本南画院会長、日本自由画壇理事長を兼任した。代表作に「老梅」(高野山霊宝館)、「三笑図」(本間美術館)、「幽谷」(東京都美術館)、「群猿・老梅」(妙智会)、高野山常喜院本堂格天井画161面などがある。またNHK文化センターで特別講師をつとめ、日本放送協会から『河口楽土墨彩の世界』を刊行している。

出 典:『日本美術年鑑』平成4年版(295頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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