坂崎乙郎

没年月日:1985/12/21
分野:, (評)

 美術評論家で早稲田大学政治経済学部教授の坂崎乙郎は、12月21日心臓マヒのため東京都国立市の自宅で死去した。享年57。わが国へのドイツ表現派、ウィーン幻想派などの紹介で先駆的役割を果し、また、短編小説を思わせる語り口による独自の評論活動を展開した坂崎は、昭和3(1928)年1月1日美術史家で朝日新聞社学芸部長、早稲田大学教授をつとめた坂崎坦の次男として、東京都新宿区に生まれた。同26年早稲田大学文学部独乙文学科を卒業、引き続き大学院へ進み美術史を専攻しマネを研究、同29年修了した。同30年から32年まで西ドイツに留学、ザールブリュッケン大学でシュモル教授につき、近代美術を研究する。帰国後、いちはやく美術評論活動に入り、ドイツ表現派やウィーン幻想派などを紹介、とくに幻想芸術の紹介や評論に最も意を注いだ。同34年にはリオン・フォイヒトヴォンガー著『ゴヤ』を翻訳、翌年には著書『夜の画家たち』を刊行、同43年ブリヨン著『幻想芸術』を翻訳刊行、さらにその評論領域は近代日本作家へと拡がり、池田淑人ら異色画家の作家論も手がけた。美術評論家連盟会員でもあった。著書は多く、主なものに『ヨーロッパ美術紀行』(同40年)、『幻想芸術の世界』(同44年)、『イメージの狩人-絵画の眼と想像力』(同47年)、『イメージの変革-絵画の眼と想像力』(同年)、『終末と幻想-絵画の想像力』(同49年)、『絵を読む』(同50年)、『現代画家論』(同年)、『象徴の森』(同年)、『幻想の建築』(同51年)、『視るとは何か』(同55年)、『エゴン・シーレ』(同59年)などがある。

出 典:『日本美術年鑑』昭和61年版(262頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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