森口多里

没年月日:1984/05/05
分野:, , (学,評)

 日本近代美術史研究で先駆的役割を果し、戦前には西洋美術の紹介にも功績のあった美術評論家森口多里は、5月5日老衰のため盛岡市の自宅で死去した。享年91。本名多利。明治25(1892)年7月8日岩手県膽澤郡に生まれ、大正3年早稲田大学文学部英文学科を卒業。卒業と同時に美術評論の筆をとり、同11年早稲田大学建築学科講師となる。翌12年から昭和3年まで早大留学生として滞仏し、この間パリ大学で聴講、とくにフランス中世美術における建築、彫刻、工芸を主に研究した。帰国後は早大建築学科で工芸史を講じるとともに、新聞、雑誌等に著述活動を精力的に展開、戦前の著作に『ゴチック彫刻』(昭和14年)、『近代美術』(同15年)、『明治大正の洋画』(同16年)、『美術文化』(同)、『中村彝』(同)、『続ゴチック彫刻』(同)、『民俗と芸術』(同17年)、『美術五十年史』(同18年)などがある。同20年5月戦災に遇い岩手県黒沢尻町に疎開し、以後民俗学の研究を本格的に開始した。同23年岩手県立美術工芸学校初代校長に就任、同26年には新設の盛岡短期大学教授を兼任し美術工芸科長をつとめ、同短大では西洋美術史と芸術概論を講じる。同28年からは岩手大学学芸学部非常勤講師をつとめ、同33年には岩手大学教授となる。戦後の著作に『美術八十年史』(同29年)、『西洋美術史』(同31年)、『民俗の四季』(同38年)などがあり、没後の同61年第一法規出版から『森口多里論集』が刊行された。この間、岩手県文化財専門委員、日本ユネスコ国内委員をつとめ、岩手日報文化賞、河北文化賞を受賞する。

出 典:『日本美術年鑑』昭和60年版(249頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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