脇田秀太郎

没年月日:1981/08/22
分野:, (学)

 美術史家、岡山県文化財保護審議会委員、岡山女子短期大学教授脇田秀太郎は、8月22日午前2時、脳血栓のため岡山市の岡山協立病院で死去した。享年74であった。1906(明治39)年9月9日、和歌山県新宮市に生まれ、第四高等学校(旧制)から東京帝国大学文学部へ進み、1931(昭和6)年、美術史学科を卒業した。その後、京都女子美術学校講師、第六高等学校(旧制)教授を経て岡山大学文学部教授となり、岡山大学を退官後は昭和47年から岡山女子短期大学教授であった。専門は絵画史で、水墨画・文人画に関する研究を中心に日本中世・近世絵画はもとより中国の水墨画や日本のやまと絵に関する論考に至るまで幅の広い研究活動が知られるが、特に文人画の作家研究に優れた業績が集中している。岡山大学、岡山女子短期大学で講義を続ける一方、59年より岡山県文化財保護審議会委員として県内所在文化財の調査研究を行っており、岡山県の文化財に関する著作も多い。多年によたるこれらの活動に対し、76年に第29回岡山県文化賞を受賞し、翌77年秋には勲三等瑞宝章を授与された。
主要著述目録
単行図書
1943年 『日本絵画近世史』 敝文館
1950年 『日本美術図説』(共著) 朝日新聞社
1974年 『日本美術史概説』 明治書院
1975年 『祇園南海・柳沢淇園』(文人画粋編11)(共著) 中央公論社
1978年 『浦上玉堂』(日本美術絵画全集20) 集英社
定期刊行物所載文献
1948年 岡本豊彦伝の研究 国華 675
1954年 画僧竈山 大和文化研究 6
1956年 黒田綾仙碑について 美術史 20
溌墨と破墨 岡山大学法文学部紀要 6
1958年 画の南北 岡山大学法文学部紀要 9
1963年 つくりゑ拾遺 岡山大学法文学部紀要 16
1970年 野呂介石の研究 国華 924
1978年 吉澤忠著『日本南画論攷』 国華 1008

出 典:『日本美術年鑑』昭和57年版(282頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
to page top