伊東卓治

没年月日:1982/01/25
分野:, (学)

 元東京国立文化財研究所美術部第一研究室長、元神奈川大学教授の日本書道史研究家伊東卓治は、1月25日急性肺炎のため千葉市の柏戸病院で死去した。享年80。従来、愛好者の恣意的鑑賞にまかせられ、かつ、美術史研究上閑却され勝ちな書道史研究の開拓に多大な学問的貢献をなした伊東は、明治34(1901)年11月12日静岡県浜松市に生まれ、静岡県立浜北中学、第一高等学校を経て、昭和3(1928)年京都帝国大学文学部哲学科(美学美術史専攻)を卒業した。引き続き同大学大学院へ進むが、同9年中退し、同年帝室博物館研究員となり東京帝室博物館美術課に所属、同13年帝室博物館鑑査官補、同16年同鑑査官に任じられたが同年退官。同17年中華民国国立北京大学文学院副教授に就任、翌年同教授となる。戦後は同21年帝室博物館へ復帰し、翌同22年から附属美術研究所に勤務、同37年東京国立文化財研究所美術部第一研究室長となった。同38年退官後は、同40年から同50年まで神奈川大学教授として教鞭をとる。この間、永年にわたって、書道史の学術的方法による研究に力を注ぎ、漢字書道の部門において「過去現在因果経絵巻」研究で、従来閑却されていた書の面の性格を明らかにし、また、それまで書道史の材料が美術的制作の観察に傾いていた弊を是正し、紙背文書として存する仮名消息に注目し考察した。さらに、日本書道史の重要遺品の一つである墨蹟について禅僧の書の綜合的観察を試みるとともに、戦後復活された光学的方法による古美術の研究で、書道作品を担当し、技法・筆法の特殊性解明に新機軸を出した。特に、東京国立文化財研究所において京都の醍醐寺五重塔の綜合研究を行った際、創建当初の落書が発見され、これの国語史、文学史上の価値を明らかにし、同塔の文化史的意義の考察に資した功績は大きい。この研究は『醍醐寺五重塔の壁画』と題して刊行され、共同研究者の一人として昭和35年日本学士院恩賜賞を受けた。また、同47年には、勲三等瑞宝章を受章する。

出 典:『日本美術年鑑』昭和58年版(265頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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