宮川寅雄

没年月日:1984/12/25
分野:, (学)

 日中文化交流協会理事長、和光大学教授、宮川寅雄(号・杜良)は、12月25日午後10時45分、脳こうそくのため東京都新宿区の東京女子医大付属病院で死去した。享年76。1908(明治41)年10月10日、宮城県仙台市に生れる。1927(昭和2)年、早稲田第二高等学院に入学、会津八一の知遇を受け、以後その逝去にいたるまで師事する。1930(昭和5)年、早稲田大学政治経済学部経済学科入学、在学中、社会運動に参加、1931年、同大学中退、反軍国主義の闘いに参加し、検挙される。1940(昭和15)年、出獄。1951(昭和26)年、北海道より東京にもどり、日本近代史研究会、文化史懇談会などの活動に参加、1956(昭和31)年、日中文化交流協会の創立に参画、1973(昭和48)年、同協会副理事長、1979(昭和54)年、理事長に就任した。この間、1966(昭和41)年に創立した和光大学人文学部芸術学科長を歴任する。日中文化交流協会の活動を通じて、長期にわたり日中友好と日中文化交流のため尽力し、1962(昭和37)年2月以来、1983(昭和58)年10月まで、計28回にわたり中国を訪問、中国の文物や美術など各種展観の日本開催や、日本と中国の文化各分野の代表団の交流には常に中心となって尽力した。その学問と文芸の領域は広く、日中の古今の文化や美術に眼をむけ、また会津八一に師事して和歌や書をよくし、特に1970(昭和45)年代以後は、書・画を熱心にやり、作陶にもたずさわって個展もしばしば開催した。その主な著書は、『岡倉天心』(東京大学出版会 1956)、『近代美術とその思想』(理論社 1966)、『会津八一』(紀伊國屋書店 1969、1980)、『近代美術の軌跡』(中央公論社 1972)、『会津八一の文学』(講談社 1972)、『中国美術紀行』(講談社 1975)、『会津八一の世界』(文一総合出版 1978)、『秋艸道人随聞』(中央公論社 1982)、『歳月の碑』(中央公論美術出版 1984)、『風琴-宮川寅雄歌集』(短歌新聞社 1985)、『美術史散策』(恒文社 1987)他多数あるほか、『会津八一全集』(中央公論社)の編輯に尽力した。

出 典:『日本美術年鑑』昭和60年版(261頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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