小林行雄

没年月日:1989/02/02
分野:, (学)

 京都大学名誉教授の考古学者小林行雄は、2月2日結腸がんのため京都市左京区の吉川病院で死去した。享年77。古鏡研究の権威として知られ、考古学における弥生時代の学問的基礎を確立し、古墳時代研究の基礎を築いた小林行雄は、明治44(1911)年8月神戸市に生まれた。昭和7年神戸高等工業学校建築科(現神戸大工学部)を卒業。在学中から考古学に強く関心をもち、卒業後も独自の調査と研究を進め、京都大学考古学講座の浜田耕作教授に発表論文を認められ、同10年同大学考古学教室の助手に任用された。同14年、『弥生式土器聚成図録』を刊行、膨大な資料を整理、体系化する学問的方法論によった同書で、弥生文化研究の基礎を確立した。同年、田村実造の下で内蒙古ワールインマンハで遼の三皇帝陵『慶陵』の調査に従事し、その報告書『慶陵』で昭和28年度朝日賞、翌29年日本学士院賞恩賜賞を受賞した。同30年、古墳に埋葬された同范鏡、とくに全国から出土する三角縁神獣鏡の分布整理により、古墳の成立、発展を具体的に実証し、古墳時代初めに既に畿内を中心とした広範な政治体制が成立していたことを解明した。この学説は、その後の邪馬台国論争において、邪馬台国畿内説の最大の論拠として用いられた。京都大学では、長く講師の職におり、退官前年の昭和49年教授となった。また、文化財保護審議会専門委員(考古部会長)などを歴任する。著書は他に、『図説考古学辞典』(共著)、『日本考古学概説』など多数がある。

出 典:『日本美術年鑑』平成2年版(233-234頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
『日本美術年鑑』に収録されている以下の記事にも「小林行雄」が含まれます。
to page top