和田新

没年月日:1988/04/05
分野:, (美,関)

 日本美術家連盟相談役で美術家の国際交流に貢献した和田新は、4月5日午前4時10分、肺炎のため東京都三鷹市の杏林病院で死去した。享年88。明治32(1899)年5月7日大阪市浪華女学校内の主幹住宅に、牧師の青山彦太郎の長男として生まれる。45年単身上京し、母の兄和田英作宅に寓居、明治学院普通部を経て東京美術学校西洋画科に入学し、大正13(1924)年同科を卒業する。昭和2年1月より現在の東京国立文化財研究所の前身である帝国美術院附属美術研究所設立準備事業にたずさわる。4年、東京美術学校助教授となり西洋美術史を講ずる。同年より翌年にかけ文部省の派遣により西アジア美術史研究のため欧州、イラン、イラク等を巡遊する。5年帝国美術院附属美術研究所嘱託となる。10年5月東京美術学校教授となるが同8月依願退官。この年青山家より和田家へ転籍する。12年帝国美術院附属美術研究所所員となり、17年退官。22年日本博物館協会幹事となる。26年日本美術家連盟事務局長となり46年まで長きにわたり美術家の国際交流に尽くし、46年以後も同連盟相談役をつとめる。また、46年よりほぼ毎年油絵個展を開催した。著書に『イーラーン芸術遺跡』(昭和20年、美術書院)などがある。

出 典:『日本美術年鑑』平成元年版(259頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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