沢井一三郎

没年月日:1989/08/02
分野:, (童画)

 昭和20年代までは漫画家として活躍し「ゲンキノゲンチャン」などで知られ、その後童画に専念して絵本、教科書、児童雑誌などに筆をふるった童画家沢井一三郎は、8月2日午後4時、肺炎のため東京都三鷹市の野村病院で死去した。享年77。明治44(1911)年11月10日、東京都千代田区に生まれる。伊東深水の主宰する朗峯画塾で日本画を学び、はじめ日本画家を志すが、当時の児童雑誌における漫画の流行を背景に、昭和12(1937)年から講談社の『少年倶楽部』などに漫画や挿絵を描き、同14年から16年まで同社の『幼年倶楽部』に「ゲンキノゲンチャン」を連載して人気を博した。戦後も同24年4月号から『漫画少年』に「てるてる日記」を連載し始めるが、漫画執筆は同28年秋で打ち切り、以後童画家として活動。同37年には童画家の著作権を確立することを目的に現在の日本児童出版美術家連盟の前身である教科書執筆画家同盟を結成し、その代表となった。日本画の修学にもとづく落ち着いた、情趣ある画風を示し、絵本の代表作に『千羽づるのねがい』『大きくなあれ みどりになあれ』『うみへいった山へかえってきた』『はしれ山のきかんしゃ』などがある。同58年、日本児童文芸家協会の児童文化功労賞を受賞。晩年は、自然の大切さ、美しさを訴える作品が多く描かれた。

出 典:『日本美術年鑑』平成2年版(249頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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